言い分と処分。その2
「お、愚かとは」
宰相がどういうことか、と国王を見る。その答えは国王ではなく正妃が口にする。
「そなた達が言ったでしょう。身分制度を重んじる、と。そのそなた達が身分制度を軽んじていることに陛下は怒っておられます」
正妃に諭されても何のことか皆目見当もつかない、という顔は大臣たちのうちの何人か。正妃に諭され宰相や他の大臣たちはハッとした。思い当たっただけまだマシか。
「陛下、我々は愚かなことを致しました。処分は如何様にも」
己の誤ちに気づき謝罪を口にした宰相と、正妃の言葉に気づいた者たちは頭を下げる。その姿を見ても尚気づいてない者たちに、正妃は更に口にする。
「抑々、私が子を身籠ることが遅かったゆえに側妃を娶る話が出て、陛下は娶られた。そこに側妃の意思は無い。国のため、王家のため、政のため。そう説き伏せたのはこちら。側妃は側妃になりたいという野心も抱いてなかったことは分かっているはずです」
それは確かにそうですが。
気づいてない者たちは、今さら何をそのような、当たり前のことを。そんな顔で正妃を見る。
「そうして迎え入れたのに関わらず、側妃に子が出来たのと同時期に私に子が出来たら、側妃のことなど顧みもしない。これはそなた達だけでなく陛下も私も同じことでしたが。その上、側妃に王位継承争いが起きると困るなどと好き勝手なことを申し蔑ろにする臣下など、愚かでしょう。
何のために、側妃を娶ったのです。誰が、婚約者と結婚寸前の側妃を娶ったのです。国のため、王家のため、政のため、という大義名分を振り翳して陛下が娶られたのですよ。この時点で、彼女は陛下と私の次に身分が高い位につきました。
さて、では、身分制度を重んじるのであれば、そなた達の側妃に対する態度は、果たして褒められるべき態度ですか」
気づいてなかった者たちもようやく、己の態度が自分たちより高い身分に位置する側妃に対するものでは無いことに気づき、顔を青褪めさせた。
「さらには、余の子を身籠った側妃に、女児を産めとは失礼極まりないな。そなたらの妻や娘が周りから男児を産めとプレッシャーを与えられていたら、どうする。或いは男児はもう不要だから女児を産めと言われたら。そなたらの妻や娘は自由自在に子の性別を変えられるのか? もし、そのような妻と娘が居るのであれば、その発言は納得いく。或いはそなた達自身に、身籠った女性に対して男児が生まれるように、女児が生まれるように、何らかの魔法でも使えるのか。そうであるのなら、その発言に納得出来よう。今一度尋ねる。そなた達の妻と娘或いはそなた達自身に、そんなことが出来る者がいるのか」
国王の静かな糾弾に宰相たちが全員口を閉ざす。そんな神の領域に踏み込むようなことを、誰一人として出来なかった。妻や娘がそんなことを言われプレッシャーを与えられたら、言った者を恨んだり憎んだり嫌ったりするだろう。
自分たちだったら、という視点が丸っきり抜けて都合の良いことを口にしていた、と今になって分かる。
宰相たちは、王位継承争いが勃発するくらいなら、男児が生まれなければ良い。そんな浅はかな考えで側妃に脅しめいたことを言った。
そしてノクティスが生まれたことに対して、生まれてしまったことは仕方ない、だが所詮は側妃の子。とばかりな態度を見せつけていた。
側妃の責任でもノクティスの責任でもないのに。
その無自覚な態度で蔑ろにしてきた罪を、この場で咎め立てされているのだ、と宰相たちはようやく理解した。
「理解できたようでなにより。先だって側妃には陛下も私も謝っております。その際、そなた達の処罰は私たちに任せると側妃から申し出がありました。彼女自身、誰にも話さないで我慢していたことを反省していたことから、そなた達への処罰は望まないようでしたが、そんなわけにはいかない。身分制度を重んじる者たちが率先して側妃とノクティス殿を蔑ろにしたことも、このような罪が発覚したのに処罰せずに無かったことにすれば法の意味を為さないことも、あってはならないのです。それにそなた達も側妃に対し、側妃として来るように願い出ておいて、都合良く忘れるなど陛下も私も含め皆が愚かでしか無いのです。彼女の人生を国のため、王家のため、政のため、という大義名分を振り翳して狂わせたのですから。陛下も私もそなた達もそれを忘れてはならなかった。それも含めての処罰です。異論は許しません」
正妃から国王と共に側妃に謝ったという言葉を聞いて驚く。併し続く言葉は重たく、さらに側妃の人生を狂わせたことの自覚が無かったことは、彼らの人生に陰を落とすくらいの重みがあった。
それが自分の妻や娘や姉妹だったら、という想像が欠落していたのだから、愚かでしか無い。
そうして下された罰は、国王と正妃が一年間、私費で物を購入しないこと。つまり公的な場で必要な物は買うが個人での買い物は一切しないこと、と自らに課した。側妃が大ごとにする気が無い、という思いを尊重しての罰。
宰相以下大臣たちは一年間の無給。つまり賃金無しである。これも側妃の気持ちの尊重と共に、彼等をクビにすれば政が回らないこと、そして、その下の者たちへの罰がさらに厳しくなることを考慮してである。
その下の者たちというのは、言わずとしれた役職無しの王城勤務の文官や武官或いは政務を行う区間に出入りしている者たちを含めた、この件で軽々しく側妃を蔑んでいた使用人たち全てである。
彼らへの罰は三年間の無給。三年間賃金無し。但し彼らが無給に耐えられないような生活を送る場合、最低限の生活保障はする。つまり、生死に関わるような状況は側妃の気持ちと反するから。
これに不服がある者はクビにする、と勅命も出された。それが身分制度であり、国王と正妃に次ぐ地位の高い場所に居た側妃を蔑ろにしたことの罰だ、と知らしめたのである。
この決定は後の世や他国から見たら甘い処分かもしれないし、厳しく思うかもしれない。だが、この国の現在の国王と正妃が決めたことである。誰になんと言われようとも、これが彼らなりの側妃への償い。償いにもならない、と誰かが厳しいことを言うかもしれないが、それもまた受け入れる。
ただ、きちんと側妃と向き合った上で出したこの処罰は、償いも求めていない側妃が納得するのであれば、それで良い、と国王も正妃も思った。
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