あの国の二年後。その4
「あなたは、大人しく仕事だけしていてください。私たちのことはもう本当に放っておいてください。メルトを通して、前回の婚約破棄騒動で主役になったメルトの孫娘とその婚約者がもう一度、婚約破棄の宣告、後に和解をすることを決めた、とのこと。それでおそらくこの巻き戻し現象は終わるのだと私もメルトたちも思っています。予定では後三年。それまであなたは仕事していてください。巻き戻し現象が終わった、と分からないかもしれませんが、もし終わったと分かったら、あなたの望み通り離縁してあげますから」
夫の評価がまた落ちたことにため息をつき、まだ落ちるだけの評価があったのね、とも思いながらラーラはナハリに大人しくしていてくれ、と頼む。
夫が離縁したいのなら、巻き戻し現象が終わったと分かれば離縁もしよう。ラーラ自身は、巻き戻し現象が終わったとしてもこのままでも構わないし、離縁しても構わない。
ただ、巻き戻し現象が終わったと分からないままに離縁しようものなら、もしまた巻き戻し現象に巻き込まれてしまえば、今度は離縁もしなくてはならない。いくつもいくつも「しなくてはならない」事象が増えるのは、それだけ振り回されることになって辛い。
さらにはそれがナハリと自分ではなく、他の誰か、であったとしたなら。その誰かの人生を狂わせることになる。もうこれ以上、ナハリと自分の代わりに誰かの人生を狂わせることはしたくない。
そんな諸々の思いを込めて、ラーラはナハリに大人しくしていて欲しいと望んだ。
既に繰り返しの人生を送り続けているラーラたち。ナハリに訴えても理解してもらえないだろうとは分かっていたけれど、それでも訴えるほどに、繰り返しの人生に疲れ果てていた。
そしてやはり分かってもらえないから、離縁なんて言葉が出てきたのは分かった。
巻き戻し現象に離縁という事象を加えるのも辛い。新しい事象はもう要らない。今回の人生を最後にしたい。始まりの時からずっと記憶があって、その膨大な量を蓄積しているのも疲れる。
そしてなにより。
もう、死にたい。
また、人生が始まった、という絶望感は巻き戻し現象の記憶を保持している者にしか分からない。一回や二回の記憶なんて寧ろやり直せる、なんて楽観的になれるのかもしれないが、そんな楽観的な気持ちなど今はもう無い。
ラーラもメルトも第四側妃・第五側妃も疲弊しきっている。出来ればこの人生で巻き戻しを終えて、心穏やかに死を迎えたい。
やっと解放される。その安堵に身を包まれて人生を終えたい。永遠の眠りについた。そのはずなのに、次の瞬間に目を覚ましてしまう絶望は、記憶の無い者に理解してもらえない。それを心から願っているのに、新たな事象が追加される? それがまた巻き戻し現象のスイッチにでもなってしまったらどうするのか。そんな気持ちも、記憶の無い者には理解してもらえないだろう。
繰り返しの人生など、記憶があればあるだけ、その人にとっては嬉しいなどの前向きな気持ちよりも、恐怖なのだ。
一言で言い切れる。恐怖だ、と。
だから冷たく思われようが素っ気なく思われようが蔑ろにされていると思われようが、巻き戻し現象が終わった、と言い切れるまで、ナハリには余計な事象を増やさないで欲しい、大人しくしていて欲しい、というのがラーラたちの嘘偽り無い気持ちだった。
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