あの国の二年後。その3
「ラーラ、離縁を告げる」
自分の浅はかで軽率なところを自嘲してから数日。何度も考えたが、やはりこれが一番いいと思い、正妃に告げる。二年前、話を聞いたときにこの決断をしておけば良かったのだと悲劇の主人公のような思考で、ナハリは考えたが。ラーラは冷たい視線を夫に向けて一言。
「ここまで愚かだとは思いませんでした。あなた、私たちの話をまともに聞いてなかったのですね」
「き、聞いていたからの結論だ」
正妃の冷ややかな返事に、ナハリは内心あれ? と思いながら反論する。ここは、離縁なんてしたくないと縋る、或いは喜んで離縁しますと出て行く、などでは無いのか、と。いや、喜んで離縁はして欲しくないが。そんな感情的な返事ではなく、冷静いや冷酷な視線と声。
「いいえ、聞いてなかったのです。それかあなたのことはそれなりに思慮深い人、相手の立場に立って相手を思いやれる人、などと思っていましたが、実は違ったということでしょうか。ああでも、相手を思いやれる人なら、こんなことにはなってないし、思慮深ければやっぱりこんなことにはなってないでしょうから、仕事は出来るが考え無しということですわね」
反論は、かなり心を抉ってくる言葉で迂遠な言い回しなどなく、スッパリなものでナハリは口籠った。
「仕事は出来る考え無し……」
ようよう、そうとだけ繰り返し正妃を見る。
「ええ、そうでしょ。あなたは己が事の始まりだ、という自覚がまるで無い。だから離縁などと簡単に言ってくるのです」
「いや、簡単な決意では」
反論しようとしたナハリを睨め付けて黙らせると、聞き分けの無い子どもに言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「いいえ、簡単な発言です。あなたの葛藤などどうでもいい。大切なのは、これまでの話を聞いていたはずなのに、また新たな事象を起こそうとしたこと。人智を超えた事象が起きている。その始まりがあなただというのに、あなたの考え無しだか葛藤だかによるその発言から本当に離縁して。その後に私たちが死んだらまた巻き戻し現象が起きます。そしてその際には、今度は誰かの離縁が事象として必要だ、なんてことになりかねない。また繰り返しの人生を送ることも、私でも他の誰かでも人生を狂わせるようなことが起きなくてはならないことも、うんざりなんです。それなのになぜそんな簡単に発言するんです」
ここで離縁すればラーラを解放してやれる、と考え発言したことが、また新たな事象として時の流れに組み込まれることになるかもしれない、そこまで考えていなかった。
ナハリは考えた。考えて考えて考えた。
だが、他人から見ればそれは考えたつもりに過ぎなかった。だから、話を聞いてない、と正妃に詰られるのである。
自分の浅はかで軽率で、考えたようでいて何も考えてない発言こそが原因なのだと、周りを巻き込んでいるのだと話をされたのに、それすらきちんと理解出来てないから、また新たな事象を起こすような発言をするのだ、実行しようとするのだ、と責められてナハリは黙るしかない。
「済まなかった」
自分では良い考えだと思っての発言だったが、話を聞いているようで結局聞いてないと言われ、暴走した己を恥じてナハリはバツが悪い思いで視線を彷徨わせながらポソッと謝った。
始まりの時も今も何も変わってない。大国の国主とはいえ一人の人間。間違うことや感情に流されることもあるだろうが、それにしたってきちんと謝れないところが変わらないとは、コレハナイのではないか、と益々彼女の中で夫の評価は落ちた。
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