あの国の二年後。その2
そして、その氾濫防止工事を終えておよそ一年後にレシー国は大雨が降り続ける事態が起きた。氾濫防止工事を行っていなければ間違いなく決壊していただろう、と言われている。つまりラーラやメルト、或いはロミエルが言った通りの未来が起きたわけだ。彼女たちにしてみれば、未来ではなく過去なのだろうが記憶の無い者からすれば未来だと言って良いだろう。
その対応にも追われたのも確かだ。人的被害も然程無く、家などの建物被害も大雨の状況から言えば、少ない方だと言えるが、それでも被害に遭った民たちからすれば、そんなものは気休めにもならないわけで。
家を失った者たちのために宿屋が部屋を提供した。その補填は国で出すことにしたし、食糧も備蓄分から提供した。とはいえ、いつまでも宿暮らしというわけにはいかず、被害に遭わなかった領地から職人の手を借りて早急に仮の家を建てて、そちらに移ってもらうことにした。
そうして落ち着いた頃合いもあったから、ナハリは正妃を労うつもりで声をかけたところだった。
「ラーラだけでなくメルトも労うつもりだった。今さらかもしれないが、きちんと礼を述べたい。どうだろうか」
そう言われてしまえば、メルトの気持ちも聞かずに断ることも難しくラーラは「ご自分でメルトに尋ねてください」とだけ返事をした。
尚、ここは国王の執務室、つまりナハリの執務室であり、今はラーラが終わらせた書類を届けにきたところだったので、用は終えたと執務室を出た。
「巻き戻し現象は本当だった」
側近を下がらせ一人執務室で独り言を溢す。
親子の情を築いて来なかった、他国の伯爵家へ嫁いで行った娘から聞かされたときには、半信半疑どころかほとんど疑っていた話だった。だが、ラーラとメルトから詳しく聞かされ、娘であるアイノから聞いた話と合致することが多かったことから、まさかとは思いながらも思案する気持ちを抱き。
実際に大雨の被害が出るほど降ったことで、巻き戻し現象が真実である、と思うようになった。
この後にジェリィ王国の王太子が婚約破棄或いは婚約者以外の令嬢と親密になる、などのやらかしを行えば確定だろう。
「となると、なぜ余はラーラを信じず、イドネを信じてしまったのか。確かに従姉妹ではあるが、婚約者よりイドネを信じてしまう理由が余にあった、というのか。従姉妹だから信じたという理由では弱い。過去の余が婚約者より従姉妹を信じた何かがあったはずだ。それとも余はラーラよりイドネを愛していた、とでも言うのか。いや、そんな訳がない」
記憶の無い己の過去。
だが、間違いなく自分。
だとするならば。
「そうか。余はおそらくラーラがイドネに嫉妬していたことを少し疎ましいと思い、大半は嬉しく思った。ラーラの嫉妬は、余を思っていることの証だと思い、ラーラをさらに煽るためにわざと婚約破棄した。婚約破棄されて絶望しただろうラーラを見て、余は醜い、呆れるといった気持ちをほんの少し、そして大部分で歓喜に沸いたはず。その複雑で歪んだ余の感情に振り回されたラーラが絶望していることすら、余は嬉しかったはず。ラーラが余を恋しく思ってくれている、と思って。きっと始まりの余が行った婚約破棄は、婚約を結び直すことは出来ずとも、頃合いを見計らって余の側妃か愛妾としてラーラを呼び戻そうとしていたのだろう。正妃の座はそれこそお飾りに出来そうな誰かを据えて」
記憶が無くてもナハリ自身のことだ。いくらでも自分の気持ちや考えなど予測出来る。
「だが、余のそんな計画を上回ってラーラは自害してしまった。きっと余のことだ。それだけラーラが余を恋しく思ってくれていたことが証明されて嬉しかっただろう。だが同時に、二度と会えなくなってしまったことが受け入れられず、ラーラを生き返らせることを考えた。そんな方法は無いに等しいが、巻き戻し現象の可能性に思い至り、現在に繋がっている。そういうことだろうな」
結局、婚約破棄した自分もしなかった自分も、浅はかで軽率なところは変わらない、と自嘲した。
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