婚約期間の意味。その2
ルナベルが好きな画家は風景画を好んで描く。家族を愛していたとかで妻の後ろ姿や子どもの後ろ姿がその風景に溶け込んでいるように描かれているものも何作かある。彼が世を去ってから五十年くらいは経つと聞いているが、ふとルナベルは思う。
何度も巻き戻っているというお祖母様だったら、あの画家さんと会ったことがあったのかしら。年齢的にはお祖母様より少し上の世代だし。
と。
一方で出身国が違うのだから無いか、と自分で否定してみつつ、侍従から渡された画集を手に取った。贈り物だから包装されている、と思っていたが画集を販売している本屋の袋に入っていた。買った店が判明しているその袋は、ルナベルのお気に入りの本屋だったので、ここなら間違いない、と画集を見る前から安心した。
「開けてみてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
袋の口が折られているので贈り物、ということで中身が見えないようになっているのかもしれない、と躍る気持ちを抑えながらノクティスを見るルナベル。ノクティスが許可を出すのと同時に袋の折り目を伸ばして口を開いて画集を手に取る。その画集は既にルナベルの家であるバゼル伯爵家の書庫に有る物ではあったが、父親であるイオノが好きで買った物で、ルナベル個人の物では無いので自分だけの画集であることが、思ったより嬉しく思った。
「ありがとうございます、殿下。私だけの画集というものは無いので嬉しく思います」
にこりと笑んだルナベルを見て、ノクティスはハッとした。
前回、婚約して直ぐの頃は、このように笑うルナベルを何度も見ていたはずなのに。いつからか嬉しそうな笑顔ではなく、貴族特有の貼り付けたような笑顔に変わって行っていた。
あの頃は淑女教育の成果なのだろうくらいにしか考えていなかったが、考えてみればあまりにもノクティスがルナベルに歩み寄ることをしていなかったからではないか。おざなりな付き合いをノクティスがしてきたから、ルナベルもそれなりの態度に変化したのではないか。
今さら、とは思うもののこうして気づくことが多くなった。
良いことなのか分からない。だが、気づかなければ良かったとは思わない。ルナベルとの婚約が無くなっても、その後の関係で顔も見たくない、とノクティスが考え、ルナベルに思われるような関係性は築くわけにはいかないのだから。
仮初の婚約期間だけれど、交流の意味なんて無い、と思うのではなく、贖罪だと思うのでもなく、この婚約期間に意味がある、と思えることがノクティスは嬉しかった。
「殿下、もしご興味がありましたら、ご一緒に画集を見ませんか」
前回の自分だったらこんな誘いに一言「興味無い」と言って終わりにしていたが、今は。
「ありがとう。絵のことは全く知らないから教えてもらうことになるが」
受け入れてみようと思えることも嬉しい。
「まぁ。私も詳しいことは何も分かりませんわ。風景が綺麗だとか、絵なのにまるで本物のように木々や花が生き生きとしているとか、そんなことしか思いませんもの。教えることなんて出来ませんが、殿下が綺麗だとか良い色だとかそんな風に思えたのなら、それでよろしいと思いますわ」
ノクティスが教えを乞いたいと言えば、ルナベルが軽やかに笑ってそのように言う。ああ、こんな風に明るい声を聞いたのは前回ではいつ頃だっただろう。
全然覚えてないくらい時間が経ったのか、それともそんな記憶が無いほどにルナベルが明るい声を上げるような会話をして来なかったのか。
どちらにせよ、前回があるから今の時間が大切に思えるのだ。それを忘れてはならない。
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