婚約期間の意味。その1
十歳を迎えたノクティスとルナベル。あと三年で婚約破棄、ということになっていることはお互いに分かっているけれど、仲を悪くさせることも無いだろう、というノクティスの言い分によって、歩み寄って過ごしていた。この二人は婚約していることを王家から全ての貴族家に公表されたものの、仮というものであるとも公表している。仮とはどんな意味か、との問い合わせには、政略的な意味合いはまるでない婚約故に、情勢次第では。ということだ、と。
ハッキリと婚約解消の可能性は示さなかったものの聡い者ほど解消の可能性があるのか、と納得する。同時に王子であるのに政略的な意味合いが無いことに疑問に思う者たちもいた。表立って言わないだけで。
そんな周囲はさておき。
「バゼル伯爵令嬢。先日の茶会で君が話してくれた絵画の巨匠の画集を手に入れたのだが、それを贈らせてもらってもいいだろうか」
十歳にしては随分と落ち着いた話し方をするノクティスは、二年前に巻き戻ったことで落ち着いた雰囲気を纏うことが出来ていた。
「まぁ、画集を? よろしいのでしょうか」
妹から仲睦まじい婚約者では無かった、と聞いていたルナベルは、ノクティスから今度は歩み寄りたいとは聞いていたから了承したものの、正直なところここまで歩み寄ってくれるとは思っていなかった。
ロミエルから聞いた前回の自分たちは、ルナベルが歩み寄ることで何とか婚約を維持していたような、ノクティスは素っ気ない人だったという。そう前回の自分がロミエルに不満を溢していたそうだ。だから今回もそうだ、と勝手に思っていただけに、こうして好きな画家の画集を贈り物にしてくれるなどと、思ってもいなかった。
「ああ。たった五年。残り三年ではあるが、嫌な別れ方はしたくないからな。だからもう少しきちんとあなたに向き合いたいと思っている」
本当なら前回でそれに気づくべきだったのに。後悔してもしきれない。だから謝る代わりに歩み寄るようにしている。
「そう仰っていただけますのなら、私の方も断る理由が有りませんので有り難くもらいます」
頂戴します、と言うのは堅苦しいか、とルナベルはもらいますという言葉に変える。ノクティスは侍従に持ってくるように伝えると、その間に今では自分も好みになったフルーツたっぷりのタルトをルナベルと共に味わうことにした。
他国では王族が好きな食べ物や嫌いな食べ物を知られると、好きな食べ物に毒を入れられやすくなる、という話があることから好物を知られてはならない。そんな話をノクティスは聞いたことがあるが、幸いにもこの国ではそんなことはないので、ノクティスは好きな食べ物を好きなように食べられることが有り難いことなのだ、と感謝しながら食べた。
「そういえば、殿下はフルーツタルトをお気に召したご様子ですね」
行儀良くお茶を飲んでいたルナベルは、ふと良くフルーツが使われたお菓子を食べていることに今更ながらに気づいた。ケーキはクリームたっぷりの物しか無いと思っていたから、そうでない物が物珍しいのだろうか、と茶会に必ず用意されていることを思い出しながら尋ねる。
「ベリーの酸味と仄かな甘味が良くて飽きないことに気づいたものだから」
あまりノクティスのことに興味ないのか、尋ねることが少ないルナベルだったのに、不意に尋ねられて鼓動が跳ねながらノクティスは答えた。小さな変化だが嬉しく思った。少しだけ和やかな空気が二人の間に流れたタイミングで、ノクティスの侍従が画集を持って来た。
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