正妃と側妃と国王陛下。その1
「長い間、済まなかった」
側妃は国王の執務室に呼ばれていた。そこには正妃も既に待っていた。国王の執事と正妃付きの侍女が執務室に。その外には護衛が二人。側妃と側妃付きの侍女が執務室に入ると、扉は完全に閉ざされた。
そして、国王が頭を下げて謝ってきた。
側妃はさすがに頭を下げるとも思っておらず驚いたが、さらに驚いたのは正妃も国王の隣で頭を下げたことだった。
「頭を上げてください。国の最高位の方二人が私に頭を下げるなどあってはならないことです」
側妃が困ったように声をかけると二人は頭を上げ、そして国王が口にした。側妃付きの侍女も困惑した顔で国王の執事と正妃付きの侍女を見たが、その二人は視線を外していた。
「いや、これは我らで決めたこと。執事と侍女は見ていないことになっている。だからこの場限りのこと」
どうやら前もって二人が頭を下げることを執事と侍女に話しておいたらしい。見ていないのだから知らないということのようだった。
「分かりました。では謝罪は受け取ります」
この場に呼ばれたときから、調査の結果が分かったのだろう、と側妃も理解していた。
側妃が国王に王籍除籍を願い出て、それを知った正妃が側妃の部屋に押し掛けてきてから二年。あのときは、ノクティスとルナベルの婚約の話のためにバゼル伯爵夫人が修羅場に巻き込まれたのだった、と側妃は危うく苦笑を漏らしそうになって、慌てて意識を戻した。
「あなたの話してくれた通り、でした」
謝罪を受け取る、と言った側妃に正妃がそっと言葉を落とす。
「調査が終わりましたか」
「ええ」
項垂れる正妃に側妃は調査が終わったかどうか確かめた。肯定した正妃に側妃は頷く。
「お二方がご存知のように、お二方の間にお子が中々産まれず、私が側妃として召し上げられました。正妃殿下はお子が出来なくて辛い思いをされていたことでしょう。政略結婚ではあったけれど、正妃殿下を大切にされていた国王陛下もお辛かったと思います。それでもお二方は国のために後継が必要と判断されて、側妃を受け入れられた。そのお気持ちは私では分からない辛さや決断だったと思います」
そこで、側妃は一度言葉を区切る。国王も正妃も黙って耳を傾ける。
「ですが、正直なところ結婚式間近だった私はお二方も宰相や大臣たちも貴族家全てを、恨みました。婚約者と私たちなりの愛を育んできたというのに、新たな愛と共に家族を作り信頼を築いていこうとしていたのに、今までが全て無かったことにされましたから。
それでも。国として側妃を迎え入れる決断をされた陛下と殿下のお気持ちも考え、臣下として受け入れるしか無いと分かって、宰相に至っては私に頭を下げてまで私を側妃に、と仰るのであれば。受け入れました」
それなのに。
そこで側妃の声が掠れ、喉が焼け付くようにヒリヒリと痛み、胸も掻きむしられるような痛みに追い込まれて言葉を失くす。その先の言葉は出したくても出せない。呑み込んだのではなく絞り出すことすら出来なくなった。
「ああ、あなた、そんなにも抱え込んでいたのね。いえ、抱え込ませてしまっていたのだわ。私と陛下が。国が、宰相が、大臣が、貴族たちが。たった一人の貴族令嬢に。言葉を失わせるほどに抑えつけていた」
言葉にならない悲鳴。声にならない悲痛が正妃の耳に届いたような気がした。側妃の見えない胸の傷を正妃は見た気がした。
こんなにも孤独にさせていた。孤立させていた。
それに気づかないで、王籍除籍を責め国を売るのかと疑った。正妃は五歳以上も年下の側妃を、今、ようやくその存在を認め受け入れた。
十年も認められなかったことに受け入れられなかったことに、今、気づいた。
側妃が言ったように辛い決断をしたけれど、愛し信頼する夫が他の女性に子を授けるような関係になるなんて、正妃としては理解出来ても一人の女として受け入れ難いことだったから。
側妃が距離を置いていることに気づいて、それなら自分も敢えて関わらない方がいい。そう思って最低限の関わりしか持って来なかった。
関わり過ぎて側妃と親しくなることも怖かったし、もっと怖かったのは嫉妬で憎んでしまうことだったから。
そのときの自分の気持ちは間違いでは無いと思う。距離を置くのも正しかっただろう。
でも自分の気持ちに精一杯で、婚約者との結婚を夢見ていた一人の女性の心を蔑ろにし、孤独にし孤立させてしまっていたことに、今さらながら気づいた。
もっと早く関わっていれば良かった、なんて虫のいいことを思う。
正妃や側妃という立場ではあってはいけないことだが、感情に完全に振り回されていた。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




