芝居期間の婚約。その6
その日はその後、恙無く顔合わせを終え、次に会う日は後ほど王家から通達する、ということに。侍女や護衛たちと共にノクティスはルナベルを馬車停め場まで見送ったが、乗り込むところを見届けて自室に引き返して来てから気づいた。
前回は、交流の時間さえ過ぎれば、見送ることもなかったことに。皮肉にもジゼルと恋に落ちていたことで、ジゼルと過ごす時間を少しでも長く、などと考えて馬車停め場までエスコートしていた記憶が、自然にルナベルと過ごす時間を惜しむように見送りまで行うようになっていた。
つくづく前回の自分は愚かである。
これでは婚約破棄を突き付けたとき、あっさりと承諾されるのも当然だった。
自分を省みて母の側妃の元へ行ってみる。前回の自分の行いが如何に愚かであったのか、母に打ち明けることで母に罵声を浴びたいのか、懺悔を聞いてもらいたいのか、自分の気持ちも分からないままに。
「母上」
「先触れによれば、顔合わせについて話したい、とのことでしたけど、どうかしましたか」
ノクティスが訪えば側妃は静かな面持ちで彼を出迎え、そのように尋ねてきた。
ノクティスは侍女にお茶を淹れてもらい、遠ざけた母になんて切り出せば良いのか少し考えてから率直に伝えることにした。
「前回の自分を省みると、私はバゼル伯爵令嬢との交流をきちんとしていた、と言えなかったことに気づきました」
「そう」
前回の自分の行いを今の自分から見れば、婚約者を大切にする、という当たり前のことが出来ているようには思えなかった。そんなことを打ち明ける。
その間側妃は黙って耳を傾け、時折お茶を飲んでいるだけ。
ノクティスが最後まで語り終えると言葉が空中に消え静寂が親子の間に横たわる。
「それで」
ややして側妃は短くそれだけを尋ねた。
「それで、とは」
母の問いを理解出来ずノクティスがどう尋ねようか悩むように言葉を返す。
「それで、よ。前回を振り返り婚約者を大切にする、ということが出来ていなかった。だからどうだと言いたいの」
冷たく言葉を重ねる側妃。ノクティスはハッとする。確かに話しただけで今後に対するビジョンが見えてない。
「期間限定ではあっても、後々互いに禍根を残さないように大切にしたいと思います」
「……そう。それがいいわね。婚約解消することが決まっていても、お互いに蟠りを残しておくより為すべきことを為して蟠りや悔いが残らない関係性を作っておくことは必要ね」
ノクティスが具体的に指針を伝えれば側妃もゆったりと頷く。
「それにしても、前回の私は陛下や正妃殿下に遠慮してあなたと距離を置くように、あなたの行動を制限していたけれど、それでも陛下のことを父として国王として慕っているようだったから、婚約のことも納得をしているのだと思っていたわ。だから、あなたはきちんと自分の立場を弁えて配慮も出来ると思っていたけれど。ジゼルという男爵令嬢に会う前は、もう少し婚約者を大切にしているのだとばかり思い込んで、あなたに確かめなかった私も悪いわね」
側妃が少し残念そうに呟く。
ヒステリックに責め立てられたり、息子であるノクティスだけを悪者にされるより、静かに己の悪かった部分を反省しながら、ノクティスの悪かった部分を指摘される方がよっぽども堪えるのは、前回、ジゼルとケンカしたことがあったときに、ジゼルから一方的にノクティスを責め立てられた記憶があるからかもしれない。
母の指摘は静かだからこそ冷静になって聞ける分、自分も悪いところがあると客観的にも見ることが出来て、肩身が狭い思いをした。
そして二年後。
ノクティス・ルナベル共に十歳を迎えた。
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