芝居期間の婚約。その5
フルーツたっぷりのタルトを自分で取り分けたルナベルにつられるように、ノクティスもタルトを食べてみる。前回ジゼルに合わせて生クリームたっぷりのケーキを食べたことはあったが、甘過ぎてしまい食べるのに時間をかけた記憶がある。それに引き換え、タルトがフルーツの甘さだけなのであっという間に食べ終えることが出来て、なんだか自分でも不思議な感覚がした。
「美味しいな」
「食すのは初めてでいらっしゃる?」
「うん。生クリームのケーキが甘過ぎてあまり食べたくないから、他のケーキも食べたいとは思わなかった」
ノクティスの感想にルナベルが問いかけるのでそんな返事をする。なるほど、と頷くルナベル。そこからだろうか。好きな色や花を質問してみたり好きなことは何か尋ねてみたり、と思いの外二人の会話は弾んだ。
前回の記憶の中では、ノクティスとルナベルはこんな風に会話が弾んだことなど無かった。何故なのか、思いを馳せてみて気づいた。
前回の自分はルナベルに興味を持つことがなく、ルナベルからの質問には最低限の返事だけであったことに。そんな空気で会話が弾むということは無いのに。
前回はジゼルに出会うまでは可もなく不可もない交流をしていた。その記憶はある。でもそれは、ルナベルが何とか交流をしてみようと歩み寄ったからこそ生まれた交流だった。関係が希薄だったわけじゃない。自分がルナベルに興味を持っていなかっただけ。
そのことに気づいてノクティスは自己嫌悪に陥る。そんな状態で婚約者では無い女性を側に置いて、婚約者と距離を置いていたのだから、婚約破棄を突き付けたときに、あっさりとルナベルが承諾するのも当然のことだった。あのときの自分は、ルナベルがあっさりと身を引いたことが不思議で仕方なかった。今なら分かる。見限られていただけだ、と。
「バゼル伯爵令嬢」
謝らないで欲しい、と言われてしまった以上、謝ることは出来ない。だから。
「はい、殿下」
「もし、嫌で無ければ、次は君の家に招待してもらう、というのはどうだろう」
この提案はとても緊張した。
何しろ王族を招くなら警備は強化しなくてはならないだろうし、使用人の質も上げなくてはいけないから、王城の使用人に再教育を願わなくてはならない、という王家側と伯爵家側双方の意向により、前回は交流会は王城のみ、という取り決めがあったから。
今回もその取り決めは交わされている。だから本来ならこんな提案をすること自体、間違っている。
それでも提案したのは、偏に現状のルナベルがノクティスに対して何を思っているのか、ということを知りたいから。
決まりごとを無視して提案するノクティスを愚か者だとバッサリ切り捨てるのか。
愚かな提案ではあるけれど苦笑しつつ受け入れるのか。
なんの気持ちを抱くこともなく提案すら聞かなかったことにするのか。
「殿下、婚約の契約書をご覧になられておられるはずです。それとも契約書に目を通しているか、私のことをお試しになられていらっしゃるのでしょうか。当家においでにはなれません」
ルナベルは静かな声音で正論を述べながら、一切の反論を聞かないような強い意思を潜ませて断った。
それを聞いたノクティスは背筋が伸びる思いがし、前回には全く感じたことのなかったルナベルの威厳というものを感じ取っていた。
(これは、気を抜くと私が追い込まれる。)
前回のように甘い考え方をしていたら、ノクティスの方が婚約破棄を突き付けられてしまいそうだった。
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