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芝居期間の婚約。その4

「バゼル伯爵令嬢、先ずは改めてお互いのことを知っていきたいと思う。期間限定の婚約だから何の交流も必要無いと思うかもしれないが、そういうわけにもいかない。よろしく頼む」


 ノクティスの辿々しい言葉にルナベルは頷き。


「殿下、では、殿下の好きなお菓子はなんですか」


 当たり障りの無いことから尋ねた。


「そうだな。私はクッキーが好きだ。だが、固く水分の無いクッキーより、しっとりと柔らかい方が好みでこの中で言えば、チョコチップ入りのクッキーよりもジンジャークッキーの方がしっとりしているから、好みだな」


 そんな具体的な好みを打ち明けながら、ノクティスはまたも前回の記憶が呼び覚まされて、悄気る。

 確かに前回もこのように茶会を行い交流はしていたものの、前回の自分の記憶では父から婚約者が決まった、と簡単に告げられ、そのことに自分でも気づかないうちに勝手に決められたと不満に思っていたのだ、と今なら分かる。

 だからこのような交流時、前回では同じ質問を受けたとしても「クッキー」の一言で済ませていたことを思い出した。今回は、そんな不満など全く無いから自然と一言ではなく具体的な理由も口にしていた。

 今になって思えば、前回の自分は随分とルナベルのことを無意識に疎ましく思っていたらしい。


 そんな自分の心に気づかないまま、学園でジゼルと出会い、心の隙間に入り込むようなジゼルに心を許して恋に盲目となり結果がああなった。

 もっと視野を広く持ち考えていれば、あんな結果を生むことにはならなかったかもしれない。

 今となってはそれもまた、戻らない時間。時間が戻ったからやり直せる、と単純に考えていたが、そんな簡単なものではないし、戻ってしまった以上有ったはずの時間は失くなった。ルナベルの言う通り、あのときの自分であってあの時の自分ではない、とはこのような意味合いなのだろう、と考えさせられた。


「そうですか」


 不意に聞こえてきたルナベルの相槌に我に返る。


「うむ。ジンジャークッキー食べてみるか」


 いただきます、と頷くルナベルはサッと自分の皿の上にジンジャークッキーを乗せた。口にはこんで小さな口の中で咀嚼しているのが分かる動きを見るとはなしに見ていたノクティス。

 そこにそよ風がガゼボの中を通って穏やかな空気に包まれた。無言でも居心地の悪さは感じられず、前回はどこか緊張を孕んでいた空気だったこともまた、不意にノクティスは思い出した。

 ルナベルが緊張していたこともあっただろうが、無意識のうちにノクティスが不機嫌だったか、緊張を生ませるような威圧でもしていたか。そんな空気感では、ルナベルも居た堪れなかったに違いない。


 婚約者の義務として義務感満載での茶会など、きっとルナベルは早く終わって欲しいと思っていたことだろう。今となっては分からないことだが。そんなことを頭の片隅で考えながらノクティスは、今度はルナベルの好みを尋ねてみた。


「大抵の甘いものは大好きですが、あまり生クリームの甘さは好みませんので、フルーツたっぷりのタルトの方が好きですね」


 ルナベルの返事を聞いて、生クリームが好きではないなんてことは知らなかった気がした。いや、好きだと思っていたのに、とまで考えてから、それはルナベルではなくジゼルのことだった、と思い出した。

 ジゼルよりも長く婚約していたはずの相手の好みを把握出来てなかった自分を知って、またも自嘲する。これでもう何度目だろうか。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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