芝居期間の婚約。その1
「は? ルナベルと再度婚約、ですか」
ノクティスは母の側妃から呼び出され、いきなりそんなことを言われたので面食らう。
「ノクティス、バゼル伯爵令嬢と呼びなさい。あと再度、では無いわよね。記憶があるからそう言えるだけでしょう」
母から容赦無く否定が入り、ノクティスは黙る。それから母の話をきちんと聞くことにした。母の私室だが、使用人たちは下がらせている。部屋の隅なので聞こえないだろう。ノクティスか側妃が叫びでもしない限り。
「お話を聞かせてください」
素直にノクティスが言えば、側妃は淡々と説明を始めた。細かなことは省く、と前置きしつつ、元々はレシー国のとある人物が婚約者に婚約破棄を宣言し、けれどそれが間違いだったため、婚約破棄宣言を取り消したいと願って、この巻き戻り現象が起こっている。既に五回は巻き戻っているとかで、人も時間も場所も関係ないが、必ず誰かが誰かに婚約破棄を宣言することは確実だ、と。
「つまり前回の私の婚約破棄宣言も確定事項だったということですか」
ノクティスが話を呑み込めるように、一旦間を置くと、ノクティスから質問が飛んだ。
「それは半分当たっていて半分違うらしいわ。最初にそれをやった方は、かなり高貴な身分の方。だからなのか、あなたがバゼル伯爵令嬢に婚約破棄を宣言する前の巻き戻り現象でも、やはり高貴な身分の方が婚約破棄宣言をしているらしいの。だから、高貴な身分のあなたが婚約破棄宣言をしたというのは、事象の一つなのかもしれない。まぁ推測だから、高貴な方じゃなくても良いのかもしれないけど、その辺りは分からないそう。だから、誰かが誰かに婚約破棄を宣言することが確定事項ということ。それが時間も場所も関係なく、ね」
つまり、結局のところノクティスがルナベルに婚約破棄を宣言したのは、ノクティス自身の意思であるということに他ならない。そこまでは理解した。
「分かりました」
「では、続きね。その高貴な方は婚約破棄宣言を取り消したいと望んで巻き戻り現象が始まった。だけど望んだその方に記憶は無く。巻き戻ってからは婚約破棄を宣言しなかった。しなかったのだからそれでいい、と思ったら巻き戻り現象は続いている。そこから推測されたのが、婚約破棄宣言を取り消したいという願いが叶っていないから、終わらないのではないか、というもの」
「つまり、誰かが誰かに婚約破棄を宣言し、その後それを悔いて婚約破棄を取り消す必要がある?」
側妃の説明を聞くと、ノクティスは何故ルナベルと婚約をする必要が出てくるのか分かった。
「ええ、そういうことね。そして、前回それを行ったあなたは、今回記憶を持ったまま巻き戻った。そして婚約破棄を取り消したい、とあなたも願っていた」
「では、私は彼女と婚約し婚約破棄宣言し、そこから婚約破棄を取り消したいと宣言する……?」
前のやり直しが出来る、とノクティスは心が弾む。
「そうよ。でも、あなたとバゼル伯爵令嬢との婚約はその後解消するけれどね」
弾んだ心が一気に冷える。
「なぜですか」
「前回はどういう考えだったのか分からないけど。どうやらルナベル嬢とロミエル嬢のどちらかが、レシー国のノジ公爵家の跡取りになる予定らしいの。前回もバゼル伯爵夫人がノジ公爵家の跡取りを取り下げて嫁入りした際に、バゼル伯爵夫人が産んだ子をノジ公爵家の跡取りにすることは決まっていたはずらしいの。そういう話で彼女はバゼル伯爵に嫁いだから」
ただ、前回はどちらの令嬢もこの国に長いこと居た上に、ルナベル嬢はあなたの婚約者に据えられていたから、その辺りはどうだったのか、結局分からない。
側妃は補足する。
「でも、どちらかなら妹の方ということも有り得るわけで」
折角婚約破棄を取り消すのだから、解消する理由が分からない。ノクティスは不服を申す。
「バゼル伯爵夫人が言うには、前回の自分がどう考えていたのか記憶が無いから分からないけれど、今の時点では、どちらも跡取りとして教育され始めていて、決まっていないから、どちらにもノジ公爵家の意向無しに婚約者を決めてはダメなの、とのことよ。あ、ちなみに前回の記憶があるのはロミエル嬢だけ。でもバゼル伯爵・夫人・子どもたちは認識を共有しているから、ルナベル嬢もあなたに婚約破棄を宣言され、国外追放されたことは知っているらしいわよ」
レシー国という大国の公爵家の意向を聞かずに婚約続行は無理、と言われてしまえば、いくら王族の自分でも国外のことゆえに口出し出来ない。おまけに、ルナベルに記憶が無くても、前回の自分のやらかしは知っている、と母から聞かされたノクティスは、今回の婚約は上手くやっていけるのか、と不安になった。
「婚約解消は決まっていながら婚約し、婚約破棄を宣言し、それを取り消し宣言までするわけですね」
ノクティスの確認に、側妃があっさり頷く。
「それ、茶番ですよね」
「ええ、そうね。でもまた時間が巻き戻って繰り返していくなんて、記憶を持っている人たちは、皆耐えられないと思うわよ。果てが見えないのだから」
ノクティスは、母のその言葉に重みを感じて茶番だろうと終わらせなくてはならないのか、と責任を持った。
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