側妃と伯爵夫人。その5
「随分と勝ち気な対応をなさいましたね」
アイノが聞いている側妃像は、穏和で波風立てぬ一歩引いた性格、というもの。あのように正妃を脅すようなことを言っては折角波風立てないよう暮らしてきたことに不穏な種を蒔くことにならないだろうか。
「良いのよ。陛下に除籍願いを申し出た理由を述べたとき、陛下はご存知無かったの。王城内でのことなのにね。それにご納得していただけたから、除籍願いを受け入れてもらったわ。そして今、正妃殿下にも同じことを述べたのだけど。まさか、と口走っておられてね。夫婦揃って足元である王城内のことが見えて無かったことを悔やんでいた。でもそれを是正されても、私がここを出る意思は変わらない。バゼル伯爵夫人ならご存知でしょうけど」
サラリと最後に、アイノが前回の記憶を持っているのだろう、と口にしてくる辺り、やはり聡明な人なのだろう、とアイノは側妃のことを思う。
「妃殿下は、巻き戻り現象の記憶を持っていらっしゃるのですね」
分かっていることだけれど、アイノは核心をつく。側妃はええ、と肯定した。
「私自身は記憶を持っていませんが、末娘が記憶を持っていました。それでルナベルが最終的に国外追放処分を受け、私たち家族もまた国外追放という形に、と聞き及んでおりますが」
アイノ自身に記憶が無いと言えば驚かれたが、ロミエルが持っていると言えば、なるほどと納得したように頷いて。国外追放処分の話が出ると、痛ましそうな顔をして俯いた。
「ノクティスがジゼルという男爵令嬢と懇意にしていたことを知らなかった情けない母でごめんなさい」
母としての不明を詫びる側妃に、アイノは静かに応える。
「私自身が覚えていないし、ルナベルも覚えていませんが。仮令記憶があったとしても、その謝罪は前回のときにしてもらうことだ、と言った事でしょう。今さら謝られても過去に起きたことは変えられませんから」
同様に国外追放処分の件についても謝らないで欲しい、とアイノは続ける。仕方ないことなのだから。
「そう。そうね。では、あなたには今回のことで謝るわ。あなたにレシー国の仲介で私の除籍願いを後押ししてもらうよう、願った傲慢さと愚かさを」
側妃のその件についての謝罪は受け入れることにした。受け入れたからといって許すかどうかはまた別のことではあるけれど。今はそのことをどうこう言う場合ではない。
「私は側妃殿下に頼みがあって参りました」
「頼み」
ノクティスのやらかしについての謝罪ではないことなら、自分の除籍願いについてのやらかしについて問い詰めてきたいのだと思っていたが、それも違うようで側妃は混乱する。
「抑々の始まりは、レシー国国王とその正妃。そして側妃である私の母でした」
これから話す内容は、ノクティス殿下に話すことだけは側妃殿下の判断にお任せするが、それ以外には内密に、と前置きした上で。
アイノはメルトから許された範囲内で、ナハリとラーラ、そしてメルトの過去を話す。長く、けれど大枠の始まりと、もう何度も繰り返されている巻き戻り現象の現状を。
そして。
「レシー国のナハリ王は婚約破棄を宣言することもなく、自分が望んだ婚約破棄を取り消す願いを覚えておらず。それ故に繰り返されてしまう巻き戻り現象。そして常に誰かがその事象を起こしていることから分かるでしょうが、ノクティス殿下と我が娘のルナベルの婚約破棄は、その事象の対象となったわけです」
側妃は既に何度も巻き戻されている現実に驚き、話の流れを聞いてまさか、と思った。
「もしや、もう一度ノクティスとルナベル嬢を婚約させ、破棄を宣言させ、それを取り消させよう、と?」
側妃としては、そんな馬鹿な、とは思うものの、レシー国のナハリ国王が婚約破棄を取り消したい、と望んだから始まった巻き戻り現象。
その願いを叶えなくてはこの巻き戻りは終わらないのではないか、と推測に至る。目の前のバゼル伯爵夫人も同じ考えではないか。だとすれば。受け入れるしか無いのかもしれない。
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