側妃と伯爵夫人。その4
「確かにそう思われるのも分かります。ですが、本当にそのつもりは有りません。王籍を除籍することもきちんとした理由があります。陛下からお聞き及びでは有りませんか」
側妃の冷静な反論に正妃が感情的になっていたことに気づいたように、少し黙ってから溜め息を溢して呟くように答えた。
「いいえ。陛下からはあなたが除籍を願い出たとしか聞いていないのよ。理由を尋ねても余が何も見えていなかった、とご自分の不明を口にされるだけで」
正妃が冷静になったことを理解した側妃は、アイノに少し下がるように伝える。アイノも聞かれたくないことか、と理解して部屋の隅にまで下がった。姿が見えても声は聞こえない距離である。尚、その場にはアイノを案内してくれた侍女を含めた数人の使用人が居た。
側妃は淡々とした表情で話をしているが、正妃は扇子で口元を覆っているところから動揺しているようである。それから一つ頷き納得したようだけれど。
アイノに視線を向けて扇子で呼び寄せる。近づいたアイノに、正妃は尋ねた。
「バゼル伯爵夫人。あなた、我が国をレシー国へ売るつもりでは無いのね?」
その辺りのことをアイノに確認してくる辺り、信用出来ないのか納得しきれていないのか。
「有りません。というより、妃殿下程の聡明なお方であれば、この国の情報をレシー国へ売ったとしても、あちらには何の得もないことはお分かり頂けるはずではありませんか」
アイノは否定する。いや、喧嘩を売る。
要するに、この国の情報を売っても、レシー国が得られるものなんてほぼ無いですよ、と言っているのと同じことだ。
この国の土地はレシー国から見たら、国地を拡げる程度のものくらいの旨みでしかない。レシー国の国王陛下・ナハリは国地を拡げるつもりなど毛頭無い。もし欲しいと思ったら情報がどうのこうのというより、戦を仕掛けるだろう。大国であることに奢らず武力も圧倒的なのだから。仮に戦をしないで国地を拡げたい、と思ったとしても、例えば側妃が得られるくらいの情報で裏工作を仕掛けるよりも、自然災害が起こったときにでも返しきれない程の金を貸して、返せないとなれば国を寄越せ、とでも言う。ナハリはそういう男だった。そうなるまで待てる、と豪語するような。
「……なるほど。そうでしょうね。レシー国から見ればこの国は価値がない。では、何故側妃を訪ったのかしら」
正妃はアイノの喧嘩を売った発言に、溜め息を吐き出して納得した。アイノが言っていることは、腹立たしい内容なのだが納得いくものでもある。
だが、側妃とアイノが急接近した理由は気にかかるようで、正妃は鋭くアイノを見る。
「それについては側妃殿下の許可無く言えません」
「正妃の命に従えぬ、と?」
急接近したことが正妃の中で懸念されること、というのは分からないわけではないけれど。命じてまで理由を探ろうとしてくるとは思わず、アイノは、さてどうしたものか。と内心で頭を抱える。
多分、正妃には前回の記憶は無いと言える。だからレシー国公爵家が背後に居るアイノを警戒している。とはいえ、迂闊に前回の記憶がどうのこうのなどと話し出して頭がおかしくなった、などと思われては、たまったものではない。だが命に逆らうわけにもいかない。
「正妃殿下、先程私が話した王城内でのこと。正妃として思うところがお有りだと仰られていらっしゃいましたね。その辺りのこと、私は正妃殿下を信用してもよろしいのでしょうか」
アイノが返答に躊躇うと、側妃がすかさずそんな風に言い出した。つまり意訳するのであれば、王城内で何かがあってそのことを正妃として憂えている。だからその対処を自分に任せて欲しい、と言って下さったけれど、それを信じてもいいのでしょうか? こうして他人の詮索をしている時間がお有りのようですから。という軽い脅しだ。
正妃はグッと言葉を呑み込むと、退室していった。
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