側妃と伯爵夫人。その1
帰国して直ぐからアイノは精力的に動いた。
先ずはこの国での養家である侯爵家。側妃の元婚約者の家でもある家。側妃の義母になるはずだった養母に連絡を取り、どうにかして側妃に面会したい、と助力を乞う。養母は側妃に連絡を取り、密かということは難しいから茶会を開催するので、その流れでなら、という返事をもらう。側妃が開催する茶会である以上、正妃や貴族夫人を招待することになるわけで。アイノとしても、そこから側妃と密かに話し合いをどのように持ち込むのか、考え倦ねた。
まぁその辺りのことは寧ろ側妃殿下に任せた方が良いか、とあっさり思考を放棄して。
茶会の日まで伯爵夫人としての仕事をこなし、イオノを支え子どもたちと日々を過ごしていた。
「それでは行ってきます。あとはよろしくね、ダスティン」
そうして茶会当日を迎え、アイノは伯爵夫人として支度を整えて執事に声をかけた。頭を下げて了承した執事を背にアイノは馬車へ足を向けた。
彼女のドレスは夫と子どもたちの色であるラベンダー色。香水もラベンダーの香水を纏っている。夫人たちの戦場に向かうのだから、その装いは即ち武装である。
ドレスはラベンダーだが良く見ると刺繍は発光する水色の糸で。歩く度に光の加減で刺繍が浮かび上がるのだが、その刺繍はレシー国のノジ公爵家の紋章であることに、さて何人の夫人が気づけるだろうか。
オゼヌとカミーユの許可を得て、あちらに滞在中オーダーしたドレスが、帰国して少ししてから出来上がったという連絡をもらい、カミーユお抱えのデザイナーが持ってきたのが二日前のことだった。
首元と耳元と指が、ラベンダーよりも濃いパープルサファイアで飾られている。
これはノジ公爵家の跡取りであったアイノが、その身分よりも自身を選んでくれたことに感謝をしたイオノが、自分の色であるラベンダーよりも濃い紫色で、その愛情を伝えたい、と探し求めたという思い入れのある逸品。
正にこのような時にこそ使用する品である、とアイノはカミーユと共にオーダーしたドレスに、この装飾品を身につけた。今よりもだいぶ若い頃のイオノの精一杯の逸品だから、今ならもっと良い品だってあるのに、それで良いのか、とイオノなどは思うのだが。アイノがこれが良い、と言う以上イオノが口を挟めることではなく。
そうしてアイノは当日を迎えた。
馬車に乗り込み王城に到着するまでの間、側妃から王籍除籍願いの助力をして欲しい、と手紙をもらったことや、それを断ったこと、自分で除籍願いを申し上げた、と記された手紙をもらったことを思い返していた。
同時にこの国で養女に迎え入れてくれた侯爵家と側妃の関係性も知って、なんだか不思議な縁を感じている。
自分には無い前回の記憶。
けれど相手にはおそらくある。
前回の自分は側妃に会ったことがあるのか、そんな風にふと思い、おそらく無いな、と考える。自分が自分であるのなら、権力に近寄るようなことは進んですることは無いから。
ただ、ルナベルがノクティスの婚約者であったというのだから、交流はしなかったとしても、嫌悪などの負の感情はなかったとも思う。
寧ろ、負の感情を持ったのは今の方だろう。
なんの交流も無かった相手から届いた不躾な手紙。あれに関して怒ったことは今でも間違いだとは思っていない。
権力に頼られもし、足元を掬われる立場でもある位置に身を置いてきたことをアイノは自覚しているだけに、悪気のある無しに関わらず、背後の権力を利用しようとした側妃には、未だ思うところもある。
だから、協力を願ったこの国での養母は、アイノが側妃に会いたいと頼んだことに些か不安げな面持ちを見せたのだから。ただ何も聞かずに協力してくれたことには感謝している。近々恩を返すことにしよう、とアイノが思い至ったところで、王城に到着したらしく、馬車が停まった。
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