娘との話。その2
「ふふふ。娘に慰められるなんてね。そんなことも、あるのね」
繰り返される時間の中で、自分にこんな風に寄り添う者が居てくれただろうか、とメルトは思う。だが、今は昔を振り返っている場合ではない。
「今も話したように、ラーラと私、そして第四と第五の側妃には記憶があるわ」
「第四側妃様の産んだ方が、私と夫を結びつけてくれたお兄様でしたね。お兄様、元気でいらっしゃるかしら」
母から記憶保持者のことを聞いて、アイノは異母兄を思い出す。母が第三側妃だが、子が生まれたのは第四側妃の方が先だった。元々あの国に留学していたのは、その兄で、イオノと出会わせてくれた人だ。
「ああ、元気よ。今、ジェリ王国に居るようだから、ジェリィ王国で何か珍しいことがあったら報告して欲しい、と第四側妃は伝えたみたいね」
あっさりと母が答えを示しただけでなく、ジェリィ王国に居ることまで教えられアイノはそうなの、と頷き、ハッとした。
「ジェリィ王国ってロミエルが言っていた……」
「第一王子殿下の件でしょう? 平民の娘に夢中になった話。前回は確か、第一王子殿下が婚約者の公爵令嬢に側妃と愛妾の件で指摘されたことに逆上して手を挙げた、だったかしら」
アイノがジェリィ王国に反応した途端に、メルトがその思い当たりを指摘する。前回は、という言い方から察するにそれまでは違ったのだろう。アイノの予想を肯定するようにメルトは、その前までは婚約破棄を宣言していたのよ、と言う。
「おそらくレシー国の国王陛下、つまりあなたの父親であるナハリ陛下の婚約破棄の事象を、ジェリィ王国の第一王子殿下の騒動に変わったのよ。婚約破棄という事象だけが残ったでしょう?」
メルトの予想にアイノは頷く。確かに婚約破棄という事象だけは残っている。そして、婚約破棄が取り消されたことは無い、とも母は言った。
メルトが言うには、もしもジェリィ王国の第一王子殿下が、婚約破棄を取り消したいと行動を起こしていたら、人も時間も場所も変わったとしても、ナハリ国王陛下の願いを叶えたことになって、巻き戻り現象は終わっていたかもしれない、と。
「ですが、取り消されることは無かった。そして前回はジェリィ王国の第一王子殿下は婚約破棄を宣言されなかった」
アイノの確認にメルトは頷き、それが何故かは分からないけれど、行われなかったことで、また誰かが婚約破棄をされることになるとは思っていた、と言う。そして、婚約破棄という事象の対象として自分の孫娘が巻き戻り現象の時間軸に選ばれるとは思っていなかった、とも。
「私が術を行使して巻き戻り現象を起こしたことについては、今さら言うことは無いの。でも孫娘が、婚約破棄されることになるなど思ってもいなかったから。前回、あなた達がノジ公爵家のオゼヌとカミーユの夫婦に助けを求めてきたことを知って、後悔したわ。
それに、あなた達が国外追放の憂き目に遭うなど、予想外で。我が国と繋がりを持ちたいと思っておきながら、国外追放処分を出し、それが嫌なら処罰を出す原因となった元凶の片方を養女に迎えるよう命じるなんて、どこまで愚かなのかしら、と思ったものよ。
オゼヌがあなたの助けを求める手紙の内容を知らされて、言葉も無いほどに呆れたわ。だからあなた達を国境まで迎えに行くよう、オゼヌに頼んだ。国境にあなた達が到着した時に、巻き戻り現象が起きて、今の人生が始まったのよ」
ロミエルが言っていた国外追放処分が真実だったと聞いて、アイノは言葉を失った。
あの国王、そんなに愚かだったのね、と呆れてしまった。
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