娘との話。その1
「アイノ、久しぶりね」
時々お忍びで会いに来てくれていた実母が、変わらず微笑む。けれど、その身体がアイノの記憶よりもかなり痩せていて、胸が痛む。
「お母様、いえ、メルト妃殿下。眠り病からの回復をお祝い申し上げます」
「ありがとう。妃殿下ではなく、母で構わないわ。アイノ、迂遠な言い回しはしたくないの。直截的に尋ねるけれど、あなたの娘が巻き戻り現象の記憶がある、というのは事実かしら」
母がいきなりこのようなことを尋ねてくるとは思っておらず、アイノは驚いたが、事態は深刻なのかもしれない、と肯定した。
「はい。末娘のロミエルが記憶を保持しております」
「そう。前回の記憶ね。少し長くなるけれど、私の話に付き合って頂戴」
ベッドに寄りかかっていたメルトが、溜め息をついて、一連の巻き戻り現象の最初を語り出した。細かく全てを話すことはしない、と言いながらも既に何度も繰り返されている事実を語られ、アイノは驚愕する。
「あなたを産むことになったのは、前回ね。その前までは、あなたという存在は居なかったの」
メルトの話が物語のようで、自分とは関係ない話に思えたが、長い長い母たちの繰り返しの中で、自分や夫そして子ども達が登場するのは、前回からだと聞いて、そんな思いになるのも当然かと納得する。
「もしやお母様、ご自分がご結婚なさらないことで、禁忌の力を受け継ぐ一族を滅ぼそうとなさっていらっしゃいましたか」
話が途切れたところで、アイノが尋ねるとメルトはふふっと微かに笑った。
「賢い子ね。ええ、そうよ。血の繋がりを私で途切れさせれば良いと思っていたわ。私の一族はあちこちに散っているから、その血を受け継ぐ者は他にもいる。でもね、血を受け継ぐだけではなく、その力を行使する術を学んでいなければ誰も出来ないの。術を学ぶこともしないで、本能的に使用出来るのは、直系のみなのよ」
それはつまり、母は直系なのだ、と告げているのと同じことだった。
「文献が残っていたら、傍系でも術を学ぼうとするのではありませんか」
「そうかもしれないわね。でも、無くても問題ない力だから、一族はひっそりと暮らしてきたのよ。寧ろ力を持つ血筋を残していたからこそ、こうして禁忌が行われ、今も繰り返される時間の中に取り残されているの。無かったのなら良かったわ」
母の後悔が滲む声音。それは自分が生きているからこそ、この巻き戻りが終わらないのだと思っているのと同じことで。
「確かに神の領域であるようなことを人の身で行ったことで、巻き戻り現象から抜け出せないのでしょう。でも、お母様が存在していたからこそ、正妃殿下は、今も生きていらっしゃる。国王陛下の後悔はまぁ置いといて。お母様が後悔なさって、それでも正妃殿下に生きていてほしい、生きてもらえる道があるのなら、禁忌だと分かっていてもお母様は手を出さずにいられなかった。その気持ちに嘘はなかったのでしょう。それだけをお考えになられたら宜しいのでは。私がお母様の立場だったら、私も禁忌だと分かっていても手を出していたかもしれませんもの」
例えば夫。例えば子どもたち。そのためなら、禁忌だと分かっていても巻き戻してしまえるものなら、巻き戻したいと術が使えるのなら使ったことだろう。
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