彼の代償。その3
「取り敢えず、ラーラから可能な限り話を聞いて、あとは私の娘たちと話し合い、記憶の共有をしてみないと何とも言えませんね。あ、それと面倒なことをされても手に負えませんから、第一側妃と第二側妃は国王陛下が手綱を取ってくださいね」
ふと、ナハリは今頃になって気づいた。
メルトは自分の第三側妃になることも拒絶していたが、ラーラに乞われて渋々と第三側妃になることを受け入れていた。その時から今この時まで、彼女は自分のことを陛下と呼ぶ。第二側妃と第四側妃と第五側妃ですら、旦那様と呼ぶのに。ラーラと幼馴染のイドネにだけは名前を呼ぶことを許しているから気づかなかった。
「今さらながらに尋ねるが、そなた、余の側妃になりたくなかったのか?」
今、この時に尋ねることではないかもしれないが、つい尋ねる。メルトは目を大きく見開きパチパチと瞬きをしてからコロコロと笑った。
「本当に今さらなお尋ねですこと。当たり前では有りませんか。誰が友人の夫の妻の座を得たいと思うものですか。王命だったとしても拒否して罰を与えられた方が余程もマシですわ。
それも、第一側妃と第二側妃の諍いを窘めもせず、ラーラに負担をかけておいて、諍いを見るのが嫌だからというだけの、子どもみたいな理由で私を側妃に迎え入れて嫌がらせしよう、などと幼稚な考えをお持ちの男など、本当に真っ平ごめんでした。ラーラに頼まれたから仕方なく受け入れましたし、側妃に迎えられた以上、共寝も致し方無きこと、と屈辱でしたが初夜は受け入れましたとも。
ですが、私は子を産む気は有りませんから通わずとも結構です、と申し上げたというのに、妃は平等にせねばならない、と訳の分からない理屈で通ってきた挙げ句に、避妊薬をくださいと申し上げても許可を得られず、密かに手に入れようにも側妃を管理する後宮の侍女長が目を光らせて手に入れられず。
結局は子を産むことになってしまいましたから。本当にラーラを裏切るようなことをした、と悩んで自害仕掛けた私を引き止めたのはラーラでした。我が娘を産んだことは、後悔はしてません。子とはこんなにも可愛いものか、と思いましたし。遠くから幸せを願うだけで私も幸せでしたが。
陛下自身のことは今も嫁ぎたくなかったのに、と恨んでおりますわ」
微笑みを浮かべながら恨み言を放つメルトを見て、ナハリはここにも己の身勝手さで人生を狂わせた者が居た、と知る。
とはいえ、メルトを咎め立てするわけにもいかない。巻き戻り現象をどうにか終わらせるには、メルトの存在は必要不可欠なのだから。
「咎め立てをする気は、ない」
「左様でございますか。まぁ私に罰を与えて巻き戻りが終わらない、なんてことになったら、ラーラの願いが叶いませんし、良かったですわ」
先程のメルトの気持ちを聞いて、もう一つナハリは確認したいことが出来た。
「メルトは……婚約者がいた、とか。愛する者がいた、とか」
「どちらも居ません。ご存知のように私の一族は不思議な力が流れる家系。だから簡単に婚約も結べませんわ。一族は慎重に婚約を結ぶなり、愛する者を見つけるなりしてきました。そして、私の両親は私が側妃として輿入れする直前に亡くなってますが、私が結婚するつもりは無いことを知っていましたから、婚約者を見つけませんでした。陛下から声をかけられたとき、両親は婚約者を見つけておけば、と後悔してましたので、申し訳ないことをした、とは思いましたわ。でもさらに後悔したのは、輿入れする直前に、二人が急な病に罹患したことでしょう。二人が亡くなったのは、私の推測が当たっているのだとしたら、巻き戻り現象の代償なのだろう、と。いえ、違うかもしれません。違うかもしれないけれど、もし推測が当たっているとするなら、ここで終わりにしなくてはならないと思っています。前回までなら、両親は今も健在のはずでしたから」
ナハリは、メルトの悔やむ声音に何度も繰り返される巻き戻り現象に犠牲者が出ているかもしれない、と知ったことと余波がどれだけのものなのか、と身震いする。
そして。
その原因は自分であり、第一側妃のイドネであることを実感し、一先ずメルトの私室からようやく退いた。
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