彼の代償。その2
「例えば今からラーラに婚約破棄を撤回する、と言えば終わるものではないのか」
バッサリと切られたナハリだが、巻き戻りの話を聞いていて思ったのは、その事象が繰り返されるのを止めればいい、というもの。ラーラの推測のように、人も時間も場所も違っても、その事象が繰り返されるのなら、始まりの自分が婚約破棄を取り止めたい、撤回する、と宣言すればそれで終わりではないのか。
「それも確かに可能性は有ります。ただ撤回宣言をするだけで終わるのなら、巻き戻り現象は起きないでしょう。ですが、本当にそれで終わったのか、その判断は分からないのです。私たちが死んだあと、もう一度同じ記憶を受け継いで生きていはかったのなら、終わったと判断出来ましょう。そうなさいますか。但し、失敗すれば、繰り返される人生が続くでしょうが」
ラーラの冷ややかな視線付きの意見。ナハリはそれでもやってみる価値はある、と強行手段を取った。
「婚約破棄を取り止める。撤回する」
ナハリが宣言するが、それだけ。巻き戻り現象とやらが終わった、という確証は何もない。
チラリとラーラやメルトに第四・第五側妃を見たが、何の反応もない。
「陛下、申し訳ないのですが、やはり言葉だけではダメそうです。理由を上手く述べることは出来ませんが、終わった、という感覚がありません。陛下が巻き戻りを望み、私が術を使った始まりのとき、そして巻き戻ったと分かったときの一度目。どちらも、説明が難しいのですが、巻き戻り現象が行われる、行われている、という感覚がありました。小さな変化で分かりにくかったですが、確かにあった感覚。ですが、陛下の今の宣言を聞いても、その感覚が有りませんでしたから」
メルトが肩を竦める。
彼女の孫娘に巻き戻り現象の記憶が残ったことからも分かるように、メルトに不思議な力があるとはわかった。そのメルトが巻き戻り現象が終わったという感覚が何もない、というのであれば、終わっていないということなのだろう。
「メルトは、どう考える」
ならばメルトの考えを聞く方がいい、と思って。ナハリは縋るようにメルトを見てしまった。
「陛下の、最初のときと同じ気持ちが必要なのだろう、と愚考します。ラーラを偽りの事件の犯人に仕立て上げてしまった後悔。それを責め立てて悦に入っていた自分の愚かさ。なによりも、結婚する相手として、王太子妃として、後々は王妃として、己の隣に立つ人として慈しんでいたのに、己の愚かさで死に追いやってしまったことの苦しみや辛さが、あのときの陛下には有りました。その想いとラーラを死なせてしまった罪深さに押し潰され、踠いていらっしゃった。だからこそ、巻き戻りという禁忌を行おうという私の心を動かしましたし、神か悪魔か、はたまた別のものか。そういった人智を超えた何かが手を貸してくれたのではないか、と愚考します」
そのときの自分と同じだけの気持ちが、今の自分には無い、とメルトは言っているのと同じ。
「つまり、今の余では宣言をしてもなんの意味も為さないということだな」
「はい。なんの意味も為しません。ですので、陛下の償いは別のことでしょう。あと、国王の座を退いても代償となるのかも分からないですので、安易に王座を退かないでくださいませ」
メルトにバッサリと役立たずの烙印を押され、国王の位を退位すれば何とか償いにでもなるだろうか、と考えたナハリだが、見透かされたようにメルトに釘を刺されてしまい、何も言えない。
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