除籍の条件。その1
「除籍をしたい、とな。なにゆえ」
先触れを出し、国王陛下に時間をもらって除籍願いを口にしたノクティスの母である側妃は、当然尋ねられると分かっていながらも避けたかったと内心呟く。
とはいえ、曖昧にすることも出来ない。
「陛下。私が陛下に嫁した理由は国中の貴族、いえ平民たちも知ってのことだと思います」
「それは、無論」
側妃の言に何が言いたい、とばかりに即座に肯定する。
「陛下は、正妃殿下をとても大切にし、慈しんでいらっしゃることは私も知っています。それは正妃殿下も同じこと。第一王子殿下と第三王子殿下も、それぞれに大切にしていらっしゃる」
対してこちらは、そういうつもりは無かったのだが、ノクティスが生まれた時のことを思い出したのか、陛下は口を開く。
「ノクティスが生まれたときに、そなたに不貞の疑いをかけたこと、まだ怒っておるのか」
政や民のことは目が届く人だが、その分だけ城内に目を向けることが少ない国王陛下らしい、と側妃は苦笑する。
「不敬を承知で申し上げてよろしいのなら、そのことは確かに怒りました。一度口から出た言葉というものは、謝っていただいても言われた方は心に残るものでございます。ですが、陛下はノクティスが生まれる直前に第一王子であらせられるニルギス殿下にお会いして、ご自分にとてもよく似ていた印象があったからこそ、私色のノクティスのことを不貞だとお疑いになられたことは私も分かっております。
そして、陛下も色は私の色でも顔立ちは陛下にそっくりなノクティスを見て、間違いだったことを直ちに謝ってくださいました。
正直なところ、婚約者と婚姻寸前であった私を、正妃殿下に子が出来ないことを憂えたこの国の方々が、無理やり陛下の側妃として娶るようにしてきたにも関わらず、不貞を疑われるなど、命をかけて産んだ私に対してもノクティスに対しても、失言どころの話ではない、と今でも思っております。陛下も国の中枢の方々も私をなんだと思っているのか、私はあなた方の人形とでも思っていらっしゃるのか、と」
不敬で咎められようと、言いたいことは言おうと決意していた側妃は、初めて本心を溢す。
陛下は、自分や正妃たちと距離を置いていた側妃の心の裡を聞かされ、目を見開く。
「確かに。余も宰相たちも、そなたの人生を狂わせていた。狂わせておきながら余は迂闊にもそなたの不貞を疑ったな……。命がけで余の息子を産んでくれたというのに。それも、そなたの望みでも無かったというのに……。済まなかった」
初めて聞く側妃の本心だからこそ、ようやく国王は彼女が何を言いたいのか分かりかけた。だが、分かった、と簡単に頷かずに、秘めた本心を全て打ち明けてもらう方が良いだろう、とその先を促す。
「もう、今さらです、陛下。ですが、陛下。ご存知無かったと思われますがこのまま伝えさせていただきます。
私は側妃として仕事を割り振られることが嫌だとは思っておりません。執務も外に出る公務も嫌では無いのですが。増やして欲しいと望んでいるわけでもないことは言っておきます。私が除籍を願うのは、そういう理由ではありません。
はっきり言わせてもらえば、ニルギス殿下が先に生まれました。その直後から私は陛下の子を産むために召し上げられたのに、陛下の子を身籠っていることを悪し様に噂されてきました」
「な、なに?」
やっぱりご存知無かったのだな、と側妃は苦笑する。どうにも鈍感というか、国と民のことに目を向け過ぎて足元を見ることの無い人だとは思っていたけれど。側妃はため息を溢すように、もう一度苦笑した。
「ご存知無かったでしょうね。陛下に気付かれないように噂されてましたから。ノクティスを産む前から城内はそういった雰囲気でしたよ。私を除外する雰囲気ばかり。とはいえ、使用人たちは私に同情的だったので有り難かったですが。
宰相様や大臣たちは、正妃殿下がニルギス殿下をお産みになられたことで、私の存在が疎ましくなられたようですね。噂が耳に入りましたから。とはいえ、既に私もお産間近。その上、自分たちの都合で私の婚姻を無しにしたのはさすがに気が咎めたのでしょう。
表面上は何の変わりなく接してましたが、私が産む子がせめて女児であるよう願われていましたね。宰相様など、王女が生まれましたら、などと生まれる前に口になさいましたから」
側妃の言葉に、国王は言葉を失った。
自分が知らないところでそんなことを言われてきた側妃の心を思えば、自分たちと距離を置くことが、彼女の平穏だったのだろう、と察せられる。
その上。
「そして私が産んだのが、ノクティスです。私の髪と目の色をした」
そうだ。
その上、自分は知らなかったとはいえ、そんな思いをしていた側妃に対して、側妃の髪と目の色をした我が子を不貞か、と疑いをかけた。
周りから望まれない王子を産んだ側妃。さらには夫と思い、嫁いできた国王に不貞の疑いをかけられ、彼女はどんな思いをしてきたのだろう。
「陛下の失言は、もちろん宰相様方の耳にも入りました。陛下が謝罪されたことも分かっていらっしゃるのに、王子、つまり男児だったこともあって、皆さま方は、陛下にも望まれていない子を産んだ側妃、とまで言われましたわ」
国王は、唇を噛んだ。
そんな思いをしてきたのであれば、それは確かに除籍を願うだろう。
「随分と前から悩んできたことでございます。除籍して欲しいと申し上げるのは私の我儘だと分かっておりましたが、城内は針の筵でもありますから。ただ、ノクティスのためを思うのなら、除籍を願うのは間違いかもしれない、とも考え。ですが、やはり私も王族の自覚の無いままに陛下に嫁したものですから、居た堪れないのです。
ノクティスに尋ねたら陛下のお役に立ちたい、と申しますから、あの子はこのまま王族籍で。私は除籍を、と願っております」
前回は、自分の失言でノクティスを傷つてしまったことを悔いたから、レシー国と繋がれることもあって、ノクティスをバゼル伯爵令嬢と婚約させた国王。
一応、ノクティスに親としての情はあると、側妃は知っている。
併し、彼女に対してはどうだろうか。
除籍を願い出ながらも、承諾してもらえるか分からない、と夫であるはずの国王の顔をボンヤリと眺めた。
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