始まり。その4
「なぜ、婚約者時代の、イドネの茶会に呼ばれて毒入り事件の自作自演に立ち会うことになる、あの日の前日ではなく、結婚してからのあの一件に巻き戻ったのか。分からないことではあったけれど、ここでメルトと私。そして今は第四・第五側妃を務めている四人で話し合いを重ねたときに気づいたことがあったわ」
ラーラが疲れたように話す。
繰り返される巻き戻り現象の記憶を話すのは、その分だけの記憶がたくさんあるのだから疲れもする。
「メルトが第二側妃を庇ってイドネに刺された茶会。当然ながら既に私は正妃の座にいたわけだけれど。そこが巻き戻った時点でも、辻褄合わせのように、これまでの人生も記憶として蘇る。つまり、最初は最初。巻き戻り現象が成功したときを一度目とするなら、四度目のそれまでの人生が徐々に記憶として蘇る、ということ。最初に巻き戻り現象四度目、通算五度目の人生の記憶が、ね」
最初の人生の記憶から巻き戻り地点までが、必ずしも一緒とは限らない。だから生まれた時から、巻き戻った時点までの記憶が五回分脳裏に過ぎるということで、ラーラだけでなく、メルトも第四・第五側妃も膨大な量の記憶を保持して疲れていることだろう。
「そして四度目の巻き戻り人生では、イドネの自作自演による毒入り事件そのものが無かった。私の記憶にもメルトたちの記憶にもどこにも無かった。その代わりとばかりに、他国で自作自演の毒入り事件が起こった、という記憶が追加された」
そうして、ようやく終わらない巻き戻り現象の中で終わらせるための手掛かりみたいなものを得た。
「つまり、場所も時間も人すら違っても構わない。ただ、その事象が起きた、という事実で時が進む、或いは巻き戻る、と。イドネの自作自演毒入り事件が無かったことから、その時点に巻き戻ることが出来なかった。その代わりメルトが刺された茶会が、巻き戻り現象の分岐点になった、と推測したわ」
ナハリは聞いていて理解できない部分を、何度も思考して自分の中に落とし込んで理解する。
つまり、イドネがラーラを罠にかけた毒入り事件は、別の人間、別の場所・時間で起こった、ということ。その出来事があったという事実だけが、巻き戻り現象を終わらせる手掛かりだ、と言いたいらしい。
「だから大きな出来事がなんなのか、それをメルトたちと確認しあった。イドネによる自作自演毒入り事件。イドネとその元夫の愛人が側妃の座に着く。メルトがイドネに刺された事件。こんなところだと思い、次に誰に身代わりを務めてもらうか、と。第一・第二側妃の座に着くことは正直、そのまま本人たちにやってもらって構わないけれど、自作自演だったイドネとは違って、毒入り事件は恐ろしいから、簡単に身代わりを見つけることは出来ない。でも他国で毒入り事件が起きたというのなら、こちらが身代わりを立てることをしなくても、どこかで予定調和として誰かが行うのかしら、とも考えた」
まぁ、予想というだけで全く分からないわ。ラーラはそう呟いて。この世の理として、巻き戻り現象は、人も時間も場所も違ったとしても、予定調和として行われるということが大前提。そう考えていた。
そしてその大前提は間違いではなかったけれど、抑々の巻き戻り現象が何故起きることになったのか。という肝心なことを私たちは忘れていた。
ラーラは自嘲の笑みを浮かべた。
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