始まり。その3
「ナハリへの愛が消えた後、私は生きることだけを考えた。イドネを側妃に迎え暫くは仮初めの平穏が続いた。その間に私たちの子が生まれ、イドネにも子が生まれ。イドネが産んだあちらの国の血を引く娘と共にイドネは落ち着いた日々だったようだけど。それは表面上だけ。それを知るのは、イドネと同じくあの小国を追い出された今は第二側妃の身となった女が現れてから」
ラーラは淡々とした声音で、イドネの元夫の愛人で今はナハリの第二側妃を見る。ラーラに見られて第二側妃は肩を震わせた。
今回は、イドネの元夫の首が差し出され、ついでに第二側妃が差し出されて、話を聞いたら元夫が悪い、と分かった第一側妃・イドネの懇願で第二側妃の座に着いたわけだが。
元々は、イドネと同じく女児しか産めなかったことで、国外追放のような処分が下り、レシー国へやって来た。それを知ったイドネがナハリの前で元夫の愛人を罵倒し手を挙げた。そのイドネの姿を見てナハリはイドネの本性を思い出したように、イドネへの嫌がらせのように元夫の愛人を側妃に迎えた。
つまり、元々はイドネに頼まれてナハリは元夫の愛人を第二側妃に迎えたのではなく、ナハリがイドネの嫌がらせに元夫の愛人を側妃にしたのだ。
「もちろん、私になんの相談も無く、ね」
ラーラはこの時点で、自分をナハリの物語を見る観客のような他人事の気持ちになった、という。
ナハリへの愛情が消えたどころか、ナハリを舞台の主演男性として捉え、自分は観客になったと言い切るラーラ。ナハリの舞台から一歩引くどころか完全に撤退した立ち位置になっている。
つまり、ラーラのナハリへの気持ちなどそんなものということであった。
ナハリは自分の知らない自分が何をやっているのか、と言葉も出てこないくらい呆然とする。
「そして、イドネはナハリが元夫の愛人を自分と同じ側妃という立場にしたことで、酷くプライドが傷つけられたのね。私を正妃の座から引きずり下ろすより先に、その女を側妃の座から引きずり下そうと画策していたみたい。でも、正妃である私と側妃の二人では当然私の方が立場が上。側妃に付けていた侍女たちに報告をさせていたのが幸いだった」
イドネとその元夫の愛人が互いに足を引っ張り合うのは構わなかった。その火の粉がラーラに降り掛からない限りは静観していた。
「互いを貶し合い足を引っ張り合う二人を眺めているのは面白かったわ。でも、最悪の形で、私に火の粉が降り掛かった。私の元を訪ねてきたメルトとお茶を楽しんでいたときに、そこの第二側妃が私の元を先触れ無しに強引にやってきて、イドネを何とかしろ、と居丈高に叫んだ上で、メルトに対して側妃の自分の方が立場が上だから出て行け、と勝手なことを命じた。本当に性格の悪さは似たり寄ったりな二人よね」
ラーラは嘲りの笑みを浮かべて、第一・第二側妃を見るが、二人共言葉は失い、血の気の失せた顔をしていた。
そうして主催であり正妃であるラーラの立場を慮り、メルトは出直すことにした。日を改めて茶会を行って欲しい、と思ってのこと。ラーラならば言わずとも分かってくれるだろうとも思っていたメルト。
だが、その日を改めて、という機会は失われる。
イドネが元夫の愛人を追って、ラーラの茶会に乗り込んできて、元夫の愛人に手を挙げた。それだけでは足りなかったのか、侍女の近くに置いてあったワゴンから果物ナイフを取り出して脅し付けた。それを見兼ねたメルトは、イドネを落ち着かせようとした。
併し、メルトに落ち着くように諭されたことがプライドを傷つけたらしく、イドネはメルトに果物ナイフを刺した。
「幸い手当ての早さと傷が浅かったことでメルトは生きられた。そして、ナハリ、あなたは二人への嫌がらせのためにひと月後、メルトを側妃に娶った。もちろん私に相談は無く、ね。嫌がらせをしたくなるほど嫌悪を抱いたのなら、ナハリはとっととイドネとその元夫の愛人と離縁すれば良いのに、それは選ばず、メルトを側妃にした。それで気づいたの。ナハリは気紛れを発揮して自分さえ良ければいいのだ、と。正妃である私も側妃たちも自分の所有物だから気にかかる必要は無い。そう思っているのだろう、と」
だから、正妃であるラーラに一言も相談せず、嫌がらせのためだけに側妃を娶ろうとするのだ、と。それが分かってからラーラは、益々ナハリへの情が消えた。そして、吹っ切れたように第四・第五側妃を娶るよう、ラーラは進言した。理由は適当にくっつけて。同時にラーラは好きなことをしよう、と決意した。
「そして、日々を表面上は穏やかに過ごしていたというのに、結局イドネが癇癪を起こし、ナハリがイドネの幽閉を決断した。そこで、なぜか巻き戻ったのよ。巻き戻った原因は不明だけどね」
さらに。巻き戻った時はイドネとラーラの茶会の前日ではなく、メルトがイドネに果物ナイフをつきつけられた茶会の当日、つまりひと月ほど前であった。
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