再びのレシー国。その3
「おそらく、正妃殿下はメルト妃殿下の眠り病の原因である巻き戻り現象を真実だ、と思われたのだろう。それ故に妃殿下の眠り病がどれだけ長いものになるのか分からないことも理解されていた、はず」
オゼヌも確証を得て話しているわけではないが、元々レシー国は呪いなどの考え方が受け入れられやすい国。
正妃殿下もそういった力のことを否定するような方ではないため、おそらくそういうことを理解していただろう、と判断してオゼヌは伝えた。
「正妃殿下はそういった力のことなどをよくご存知の方、ということでしょうか」
アイノが確認すると、オゼヌも分からない、と首を振る。表向きはそういった力や呪いなどについては秘匿されている。というより禁忌なもの、という考え方が浸透している。また、オゼヌは目の前に居る養女一家の件以降、どうもナハリ国王陛下は、そういった力や呪いについて疑いを持っているのではないか、と登城し、国王に会う度に思っていた。
そう考えると正妃殿下のことをアレコレとは言えない。
ナハリは正妃も側妃たちも誰一人として贔屓にすることは無い。だが正妃はただ一人で、側妃たちよりも尊重している。
だからこそ、正妃のことをアレコレと探るようなことは出来ないし、迂闊なことも言えない。
「正妃殿下のことは取り敢えず置いておこう。先ずはメルト妃殿下が目覚めたことを喜んでおくことだ」
オゼヌにそれ以上の詮索無用、と言われてしまえばアイノも黙るしかない。確かに実母が目覚めたことは喜ばしいこと。今はそのことを考えておく。
「それから」
今度はカミーユが続ける。
「まだ、なにか」
アイノが養母を見れば、カミーユはロミエルに視線を向けた。
「ロミエル、確か、あなたが八歳の時にこのレシー国の氾濫対策を終える、という話でしたね」
「はい、お祖母様」
「それがあったからこそ、レシー国での河の氾濫は防げた、と」
「その通りです」
庭師の交代が一年早かったように、レシー国の氾濫対策の工事も何かが起きたのか、とロミエルは緊張を隠せない。
末っ子らしく兄と姉によく甘えているので忘れがちだが、彼女は十年先の記憶を保持している、兄と姉よりも精神的にはずっと大人。
だから、カミーユの質問に、自分の知る未来の出来事ではない何かが起きているのではないか、と緊張が隠せない。
氾濫対策が間に合わず、河が氾濫し、被害が大きいというような事態が起きているとしたら、それはもう彼女の知る未来とは大きくズレている。
そんなことになってしまっているのだろうか。
「そう。では、あなたの知る未来から変わりそうですね。二年後ではなく、一年半後に、氾濫対策工事が終わるようです」
カミーユの厳かな声音に、河の氾濫が起きた、という話かと思っていたロミエルは、工期が予定よりも半年早く終わりそう、という内容だと分かり、ホッと息を吐いた。
想像していたこととは違ったらしい。
「ロミエル、安堵しているのは氾濫が起きてしまった、とでも思ったからかしら。そこに安堵するのは良いけれど、工期が一ヶ月ほど早くなるくらいならば兎も角、半年も早くなるというのは、安堵してはならないことなのですよ」
ロミエルの安堵した表情に思い当たったカミーユは、けれど安堵は早い、と釘を刺した。
ロミエルはカミーユの声に背筋を伸ばし、意図を問う。
「どうやらメルト妃殿下が早くから関わっていたらしいのです。それ故に工期も早く終わるようだ、と」
それはつまり、ロミエルが前の記憶を取り戻すよりも早く、眠り病に罹っていたメルトが、眠り病を発症する前から取り組んでいたことを示す。
となると、メルトも前の記憶を保持している可能性が高いのではないか、と思われた。
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