側妃の病。その1
「ああ、そういうことか。それでメルトが病に伏せることになったのだな」
オゼヌがレシー国王・ナハリに急ぎ会いたい旨を先触れとして出しておくと、翌日の夜には時間を取ってもらえたので、オゼヌとアイノが揃って登城した。
他国に嫁に行った娘が養父と共に実父である自分に会いに来たからには、余程の事態が起きたことを察していたが、アイノの話にナハリはため息で応えた。
「お母様が病に……?」
ナハリが名を出したメルトはアイノの実母で、ナハリの三番目の側妃。王妃の他に側妃が五人居るナハリだが、六人の妻同士は睦まじいとは言わずとも、剣呑な仲では無い。
メルトがある朝突然に目を覚ますことが無いまま、時を過ごすことになっている。その異変がなんなのかナハリはアイノの話を聞いて納得した。
「メルトはある朝起きて来なかった。もう一ヶ月ほどになろうか。前日まで元気だったのは余も王妃たちも知っている。余は前日の朝に食事を共に摂り、妃たちもその日の晩餐を共にしたからな。仲睦まじいわけではないが、同じ妃同士通じるものもあるのだろう。王妃を含め六人で、お茶会だの晩餐会だのを月に何度か開催している。その翌日からメルトは目を覚まさず、今日に至る」
オゼヌですら初耳だったが、それも仕方ないこと。王族が原因不明の病に罹ったなどと口外出来るものではない。
オゼヌとメルトが血縁であったとしても、だ。
原因が判明している病であっても気軽に口外出来ないことだが、不明なれば尚のこと。
「尤も、余もメルトを含む妃たちもそこそこに歳を取ったからな。病に伏せることがあってもおかしくないと思い、あまり気にしてなかった。医師に診せ、原因を探れとは言ったが、簡単に言えば眠り病としか言えないからな。そのうち目を覚ますかもしれぬ、と安易に考えていたのは確か」
アイノの異母兄である王妃の息子にして王太子が、レシー国の政の大半を担っている。五年、六年前から王位を王太子に譲位する話が進められていたが、未だに異母兄が即位していないのは、王太子の息子がまだ五歳だからである。
レシー国は男子にしか継承権は無く、王家もそれは変わらない。王太子夫妻は十四年前に婚姻し、翌年に女児が生まれたが、その二年後に生まれたのも女児。更にその四年後に生まれたのも女児でだった。
二人目の女児が生まれた時点で側妃選定に入ったのだが、王太子自身がそれを拒否。初代国王の頃のようなことも無ければ、父王のように政治的に不安定な足元の地盤固めのために側妃を娶る必要も無いのが理由だ、と拒否していた。
アイノとイオノを出会わせた第三王子は王位継承権を放棄しているし、第二王子は他国に婿入りが決まっていて、第四王子は十代で王太子位争いとは無縁の位置。王太子自身も政務を疎かにしていないために、王太子の座が揺らぐことも無かった。
そんなわけで、子が産めないわけでもないことは既に証明されている、と王太子は突っぱねた。
王太子妃のプレッシャーは半端無かっただろうが、三人目をなんとか懐妊し、なんとか生まれた三人目も女児。
またもや周囲は王太子に側妃の話を持ち出した。王太子はまた突っぱねた。理由は同じだが、王太子が妃を愛していることもまた紛れも無い事実。それ故に突っぱねたわけだが。当の王太子妃が、側妃受け入れを勧めていた。もちろん後継問題があるから。王太子妃とて王太子のことはきちんと愛していたから身を切られる想いでもあった。
もう一人。もう一人だけ子を設けて、それでも女児だったら側妃を受け入れる、と王太子が折れてから、王太子妃が懐妊して生まれたのが、王太子も王太子妃も周囲も待ち望んだ男児。
その唯一の男児がある程度育ってから即位する、と王太子が父王に宣言したので、未だにレシー国王はアイノの父が務めていた。
尤も、そこそこの歳だと嘯く国王だが、まだ五十代後半で元気そのもの。あと十年くらいは国王の座に着いていられるだろう。
そのナハリの側妃であるメルトだって五十半ば。病に伏せってしまうような年齢では無かった。
「お母様は、巻き戻り現象の犠牲者だ、と国王陛下はお考えですか」
父であることは理解しているが、幼い頃からノジ公爵家に居たアイノだし、親子らしい交流など皆無だったことから、実父という意識は無い。
母・メルトは側妃という立場もあったのかもしれないが、時折ノジ公爵家に来たこともあるし、アイノを王城に招いたこともあったので、交流はあった。だからだろうか。アイノも母と慕うことができた。
その母が原因不明の病で伏せっている。
その原因がロミエルの言う巻き戻り現象が原因なのであれば、アイノは何とも言えない気持ちに駆られた。
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