条件は。その2
前話は予約投稿ミスにより19時30分ではなく、7時30分の更新になってしまったことをお詫びします。
公爵家はとても静かな空間だった。
華やかな雰囲気はまるでなく、どちらかと言えば砦のような威容の屋敷。蔦が這うさまは侵入者や余所者を寄せ付けないような雰囲気にも感じられる。
「これこそが公爵邸だな」
イオノは夫婦と子どもたちとで別れた客間に案内されてから、子どもたちの部屋を訪い、何処となく落ち着かない様子の三人に、屋敷の雰囲気に当てられているのだろう、とフォローの言葉をかけた。……つもりなのだが、無論フォローにはなっておらず、益々子どもたちは萎縮している。
「あなた、それはなんのフォローにもなっていませんわよ」
アイノが苦笑して、子どもたちに気を張る必要は無いと微笑んだ。
そこへノックの音と共に侍女の声が届く。夕餉の支度が整ったから、と食堂への案内を申し出る声に、イオノが了承の返事をした。
既に旅装を解き、夕餉は共にというオゼヌの申し出を受けていた五人は、晩餐会と言われているわけではないので盛装ではないが正装には着替えていたので、侍女に案内されて食堂へ足を向けた。
イオノの挨拶。アイノの挨拶の後に子どもたちがそれぞれ礼を取る。リオルノもルナベルもそして少し懸念のあったロミエルの礼も、高位貴族の子息子女に相応しい姿であることに、オゼヌもカミーユも内心胸を撫で下ろしつつ、もちろん表には出さないで、席を進めた。
食事は静かだが和やかに進む。
静かというのは会話をしない、というわけではなく賑やかに喋ることをしない、ということ。
普段は夫妻の声だけが時折聞こえるだけだが、今夜はさらに五人の声が聞こえている。だからといって賑やかにはならない。静かに会話を交わす。
それがとてもよく合うのは、やはり公爵家がそのような佇まいをした屋敷だからだろう。その内装もグレーの壁面とアクセントに黒を使ってあることで、引き締まったものである。
そんな雰囲気の公爵邸。併しながら、食堂の壁面は象牙色でシャンデリアの光によってそこだけが華やかな雰囲気だ。
これは食堂すら暗いと食欲が失せてしまう、と当時の公爵夫人が夫に抗議した、と言われている。それが本当かどうかは代々当主だけが知る、当主の日記を覗かない限りは分からないだろう。
会話の中でふとロミエルがおかしなことを言い出したことに、公爵夫妻は気付いた。
「そういえば、お祖父様とお祖母様。レシー国の河の氾濫対策は終わりました?」
「いや、それはまだだな」
「ああ、私が八歳の時に対策工事が終わるのでしたよね。あれが終わってくれたからこそ、レシー国だけでなく、私たちの国も水害に見舞われなくて、小麦畑が助かったのですもの。あの工事が終わって半年後の大雨のときは、お父様が終わっていて良かった、とホッとしていたのを思い出しました」
オゼヌもカミーユも、そのおかしさを敢えて無視しておく。六歳のロミエルが八歳の時の話をしていて、それが過去の出来事のような発言をしていることに気づいていても、だ。
「ロミエル、その話、お父様は知らないから後で詳しくお祖父様とお祖母様と一緒に聞かせてくれないか」
イオノが戸惑うこともなく、ロミエルの話を受け入れており、アイノもにこやかに微笑んで聞き流す辺りに、今回の突然の訪問理由が理解出来た。
となると、ノジ公爵家の後継の条件云々関係なく、ロミエルはレシー国の保護対象にならざるを得ない。
急ぎ、国王陛下・王妃殿下・側妃殿下に内密に連絡を取る必要があるな、とオゼヌは即座に考えた。
「分かりました、お父様」
ロミエルは素直に頷くが、リオルノとルナベルは、ロミエルのやらかしにそっと息を吐いた。きっと聡明な祖父母はロミエルの秘密に気づいただろうし、急なレシー国への訪いの理由にも気づいたのだろう、と。
もう発言してしまったものは仕方ない。取り消せるものでもない。その辺りは両親に任せる方がいい、とまで考えた。
「そういえば、お祖父様。このようなときになんですが、もしも私とロミエルのどちらかが公爵家を継ぐとして、なにがどのように出来ているといいですか。例えば執務は当然として、周辺国の言語を全て習得する方がいいとか、共通語さえ出来ていればいいとか。レシー国の歴史や文化などを理解しておくとか」
ルナベルは、ロミエルの先程の発言を取り消せるものではない、と判断し、そのことについては両親に任せることにしたので、後継について、どの程度の知識が必要なのか、尋ねてみることにした。
どちらが公爵家を継ぐにしても、その辺りのことを知っておくことは、ルナベルとロミエルにとっても大切なことだった。
具体的なことは即ち、後継の条件でもあるのだろうから。
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