三年後。その2
「バゼル伯爵令嬢」
「はい」
「婚約破棄を申し渡す」
国王と正妃は内心で狼狽える。
側妃から聞かされていたとはいえ、まさか本当にノクティスが宣告するとは思っていなかったから。
「……畏まりました。了承いたします」
そして、ルナベルが静かに受け入れることも信じられない気持ちだった。
というのも、ノクティスとルナベルが婚約していたこの五年の月日、諍いなど無く、多少意見の相違はあったようだが比較的穏やかに互いが歩み寄って、婚約者として良い関係だった、と侍従や侍女たちから報告を受けていたからである。
尚、今は使用人たちは控えさせていない。
国王も正妃もノクティスから事前に、口を挟まないで欲しい、と願われていたために無言を貫くが、このことが分かっていたかのように、バゼル伯爵夫妻も何も言わない。
やはり、三年前、側妃から、ノクティスが婚約破棄を宣告する、という話を聞いていたときに、バゼル伯爵夫妻が何やら企んでいるのか、と訝ったのだが、その企み通りなのだろうか。
だが、ノクティスから頼まれた以上は、今は何も言わない方がいいだろう。
ノクティスは、了承されるとは思っていなかったのか、動揺しているかのように深呼吸をしているのを、国王も正妃もジッと見る。
国王も正妃も知らされず、側妃付きの使用人と共にひっそりと城から出立してしまったのは、前日の早朝のこと。側妃付きの使用人は元々側妃の家の者や関係者だったために、側妃の王籍除籍の発表前に退職届けを出していたし受理されている。おまけに、側妃の身の回りのことがほとんどだったので、引き継ぎをしなくても何の問題も無いので、あっという間であった。
国王と正妃はまさか、自分たちにも知らせずに城を出立するとは思ってもおらず、側妃のことをほとんど何も知らないままに、去らせてしまったことを悔やんだ。だからこそ、残されたノクティスを気にかけて、ノクティスの望む通りにしてやりたい、とこの場に居るのである。
「婚約破棄は誤りである。婚約破棄を撤回する」
深呼吸を終えたノクティスが、さらに硬い声で、婚約破棄撤回を口にした。
今度はルナベルが即座に了承をせず、少し黙る。
その沈黙が何を意味するのか分からないが、正妃はルナベルに注目していた。それで今さらのように気づいたことがある。
ノクティスの白茶色の髪が、首の付け根で結えられるほどに伸びている。その結えられた髪を結ぶ髪紐がルナベルの髪と目の色と同じラベンダー色であることに。
ルナベルの方は、ノクティスの髪色である白茶も、目の色である夜空色もドレスや小物などに使われているようには見えないので、どうやらノクティスの片思いだから、婚約破棄を受け入れたのだろう、ということに。
ということは、婚約破棄撤回は了承しないだろう、と正妃は考えたが。直後。
「婚約破棄撤回を了承しました」
先程と同じく静かに受け入れた。
そのとき。
パキッ。パキパキパキッ。バチッ。
異様な音が部屋中に響き渡り、国王と正妃は目を交わしてから部屋の中の何処から聞こえてきたのか、見回す。
その音はバゼル伯爵夫妻とルナベルとノクティスにも聞こえたようで、互いに顔を見合わせて部屋の中を見回している。
一体なんなのだ、と思う間もなく、人払いをしていた部屋のドアを慌ただしくノックされ、それから護衛の声が聞こえてきた。
「陛下、殿下、皆さま方、ご無事ですか」
ドア越しに聞こえてきたのだが、くっきり聞こえてくるので相当に大きな声であるに違いない。
あの異様な音が聞こえて動揺しているのだろう、と分かるので国王はノクティスをチラリと見て、入室させる、と断ってから護衛を中に入れた。
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