好きなのはあなただけ
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「ええっと……あれ?」
目覚めると、なぜか自分の部屋に戻っていた。窓から柔らかな朝の光が射し込んでいる。
服は昨日のままで、脱がされた形跡も着替えた跡もない。
……って、寝ている間に何かしようとするほど、義兄は鬼畜じゃないでしょう!
思い出すと顔が熱い。
私は頬に両手を当てて、昨夜を振り返ることにした。
――ちょーっと大人な展開で、ついていけなかった。アレは『お仕置き』にしては、行き過ぎた行為だ。それに、義妹を離したくないっておかしいでしょ。結婚してまでベッタリだったら、奥さんになる人怒っちゃうよ? もしかして、さっき見た夢に関係があるのかもしれない。セリーナの言葉のせいで、義兄はいまだに彼女に囚われている……とか?
眠っている間に、なぜかセリーナの記憶が私の頭に流れ込んできた。元々身体に残っていた彼女の想いを、私が理解したって感じかな? すんなり入って来たから、特に違和感なかったし。
気づけば頬には涙の跡。
セリーナにも共感できるところはある。彼女は苦しいほどに切ない恋心を、義兄に抱いていたのだ。
肝心のオーロフは?
彼はセリーナの事を、異性として意識していた?
夢で見た感じだと、どうも違う気がする。義兄はセリーナのために尽くしていたようだが、それは兄妹愛とか義務に近いものだ。
自由が無かったのは、セリーナよりもむしろオーロフなのでは!?
オーロフは一番近くで義妹を見守り、いつだって望む答えを返していた。学院にいた間も城に勤め出した後も、休みのほとんどを義妹のために費やしている。彼は、病気の義妹が自分を好きだと知っていた。生きる希望を与えるためなのか、彼女の恋心を否定していない。
重度のシスコンになっちゃったのは、そのせい? 今のリーナ(私)に対しても独占欲が強いのは、普通の兄妹の感覚が麻痺しているからだと思う。
病の重いセリーナは、最期の願いで「好きだ」と義兄に言わせていた。「絶対にお嫁さんにすると誓って」と口にしたけど、彼女自身叶えられないと気づいていたはずだ。
いくら好きでも、相手の気持ちを無理に繋ぎ止めてはいけない。まあ、部屋から出られないほどの病気なら、オーロフが全てだっていう気持ちもわからなくはないけど? ただ、残される彼の気持ちは考えたのだろうか?
結果としてセリーナは、義兄の心を自分に縛りつけた。けれど彼女も悪い子ではないから、本当はこう言いたかったはずだ。
『お義兄様、大好きよ。私をずっと忘れないでね』
義兄はどうなのだろう?
今でも亡くなった義妹に義理立てしているのかな? 結婚したいほど好きな女性がいるのに、グズグズしているのはそのためかもしれない。
「大変! それなら義兄を、セリーナからも今の私からも、一刻も早く解放しなくちゃ!」
こうなったら、私が義兄離れするしかないでしょう!
好きだという自分の気持ちを押し付けるのって良くないしね? 勝手に外出しただけで、昨日みたいなお仕置きはもう懲り懲りだ。いつまでも彼に頼って困らせてはいけない。
――私、セリーナは義兄への想いをすっぱり諦め、殺されないため次の恋を探すことを、ここに誓います!
「お嬢様、お加減はいかがですか?」
「ありがとう、もう大丈夫よ」
侍女が部屋に入って来たので、私は笑顔で伝えた。
待てよ。『キスの途中で酸欠』って、病気に入るのだろうか? 義兄はどういうふうに侍女に伝えたのかな? そっちの方が気になるような。
「それはようございました。でしたら、お仕度を整えましょう。オーロフ様がお待ちです」
うわ。今日に限って家にいるとは!
まあ、いつかは対決しなくちゃだし?
自分のせいで私の具合が悪くなったと知っているから、責任を感じているのかも。ちょうどいいや、もう義妹のお世話をしなくて良いよって伝えてあげよう。
簡単に湯あみをした私は、青いドレスに着替えて階下に急ぐ。義兄と一緒に仲良く朝食をとっていたのが、随分昔の事のようだ。
オーロフは私の姿を認めると、出迎えるために席を立つ。今日は休日だったのか、白いシャツに深緑色のトラウザーズだけのくつろいだ格好をしていた。義兄は何を着ても似合うな、と考える自分が哀しい。
「リーナ、昨日はすまなかった。もう大丈夫なのか?」
「ええ、おかげさまで」
言いながら、ちょっとだけ泣きそう。
謝らないで欲しい。謝罪されたら、義兄が昨日の事を後悔しているのだとわかってしまうから。「別の誰かと間違えた」なんて言い訳は、もう聞きたくない。
「リーナ……いや、セリーナ。お前に伝えておきたい事がある。朝食の後で時間をもらえないだろうか?」
わざわざ断るなんていつもの兄じゃない! でも、昨日の後では私もちょっと緊張している。
「ええ、お義兄様。私からも話があります」
一人でも大丈夫だ、と言おう。
自由に好きな人と結婚していいよって、安心させてあげよう。「結婚して欲しい」と口にしたのは、以前のセリーナ。だったら今の私は、「気にしなくていいよ」って、言ってあげなくちゃ。
食事の後、別の部屋に移動した。
そこはかつて、目覚めたばかりの私のベッドが置かれていた場所だ。義兄は昨夜の行為を気にしているのか、私を椅子に座らせて自分は立ったまま。
ベタベタして欲しいわけではないけれど、昨日の事を悔やんでいるのかと思うと心が痛む。
「どこから話せば良いだろう……」
「その前に! お義兄様に言っておきたい事があるんです」
口を開きかける義兄を、急いで遮った。これ以上、謝罪は要らない。セリーナのせいで自分を責める義兄の言葉を聞くのは、もうたくさんだ。
兄は目を細めると、無言で私を見つめた。
それを了承だと捉えた私は、一生懸命、自分の気持ちを伝える。
「体調も回復した今、私は元気です。お義兄様のおかげで貴族のこともわかったし、もう大丈夫。だから今後は義妹の私を気にせず、自由に生きて。心から応援するので、好きな人と結婚して幸せになってくださいね」
「大好きだ」とは言わないでおく。
義兄に負担は与えたくないし、これ以上セリーナの気持ちを押し付けたくなかったから。
なんとか泣かずに、最後まで言いきった。好きな人のために私がしてあげられるのが、たったこれだけなんて……
義兄は途中で顔を曇らせたものの、口を挟まなかった。
考えこむような表情も眉を寄せる仕草も、もうすぐ近くで見られなくなるのかと思うと悲しい。全てを覚えておきたくて、私は義兄の秀麗な顔から目を逸らさず、一気に話した。
本当は他の誰かなんて要らないし、領地に引っ込みたくもない。もし別の姿で出会っていたら、あなたは私を異性として、少しは気にかけてくれた?
声には出さず、心で叫ぶ。
セリーナでもリーナでもない、ただ一人の、恋を知った女の子として。
『オーロフ、あなたが好きよ。私が心を捧げるのは、この先もきっとあなただけ』




