義兄の激情
門の前でサヨナラしようとしたら、グイード様が屋敷の中まで送ると言い張った。さすがは騎士様、中途半端な事は許されないのだろう。そんなわけで、彼はわざわざうちに寄って下さった。
「遅くなってしまい、申し訳ありません」
「私が連れ回した。すまない」
私が頭を下げると、グイード様も一緒になって言って下さった。
「リーナッ!」
玄関ホールで私に駆け寄る義兄。その茶色の髪は乱れて、綺麗な顔にも疲れが滲む。周りには侍女や他の使用人も控えていた。
――そこまで遅い時間ではないのに、どうしたの? 先に戻っていたなんて、失敗したな。昨日に引き続き今日も私が遅いから、心配したのかな?
きちんと謝ったはずなのに、兄は私を自分の方に引き寄せると、そのまま腕の中に囲い込む。なぜかムッとした表情で、グイード様を睨んでいた。
いつも以上に密着してるし、人前でさすがにこれは。くっつき過ぎじゃないかと焦る私を見ながら、グイード様が皮肉っぽく目を細めた。
そんな彼に向かって、義兄が冷たい声を出す。
「未婚女性を伴もつけずに連れ出した意味を、他ならぬ貴方がご存知ないとは思いませんでしたが……」
まずい! 義兄様相当怒ってる!
王弟にケンカを売るとはいい度胸だ。
目つきもキツくて声はいつもより低かった。
「ご、ごめんなさい。それは私のせいで……」
そうだ、面倒くさい貴族のマナーぶっちぎって、出掛けたの忘れてた。
「無論心得ているよ。だから始めに『全責任は私が取る』と言っておいた。言葉通りに受け取ってもらって構わない」
さらに低音の落ち着いた声で、グイード様が答えた。事故も無く無事に帰宅したからいいよね?
けれどその声を聞いた兄の瞳が、突然燃え上がる。
「手続きも踏まず家族の許可も無く? もちろん特定の相手を作らない貴方に、義妹を渡すつもりはありません」
うわ、出た。本日のシスコン発言!
これを嬉しいと思ってしまう私は、相当重症だ。
「事前に断らなかった事は済まなかった。だが『義妹』だろう? どうしてそこまで干渉するんだ?」
「セリーナは義妹ではありません。私の全てです」
うーわー。
兄様シスコンこじらせ系、認めちゃったよ。それを堂々と宣言するあたり、ある意味スゴイと思う。
だから私も勘違いしちゃったんだけど。
「私にとっても彼女は大切な人だ。だから先ほど、結婚を申し込んだ」
「……は?」
グイード様の言葉に、義兄が固まった。金色の瞳が驚きに大きく見開かれている。
「私も身を固める時が来たようだ。君も祝福してくれると嬉しい」
「何だと?」
私の両肩を掴み、距離を取るオーロフ。鋭い瞳が、探るように私の顔の上を滑る。
「リーナ、本当なのか!」
「え? ま……まあ」
首を傾げながら答えた。
さっき申し込まれたのは本当だ。
でも断ろうとしたら、「すぐに結論を出すのは待って欲しい」と言われて保留中。
グイード様はさらに、こんな提案をしたのだ。
『君と私が結婚すると言って、彼の反応を見てみよう。喜ぶかすんなり認めたら、彼は君の事を妹としてしか見ていない。だが違えば……。まあ私も、すぐ引き下がるつもりはないがね』
よくわからないけど、そんなんでわかるのかな? 最強のシスコンだった場合はどうなるんだろ? 男女の駆け引きって難しい。
「どうしてっっ!」
義兄は私を掴んでいた両手をパッと離すと、片手で自分の顔を覆った。もしかして、相当ショックを受けたのか? 手が細かく震えている。即賛成されなくて良かったけど、こんなに動揺した兄の姿は初めて見た。私は思わず、痛んだ胸に手を添える。
「後日正式に申し込む。ではセリーナ、次はきちんと城で会おう」
申し込むって嘘ばっかり!
それともこれも『駆け引き』ってやつなのかな?
私が頷くとグイード様は片手を上げて見送りを断り、お一人で帰ってしまわれた。外でおとなしく待っている飛竜のグランは、最後まで私に懐いてくれなかった。とっても良い子だったから、空の散歩は楽しかったし、まあいいか。
玄関先でグイード様の去った方角を見つめる私に、後ろから冷たい声がかかった。
「セリーナ、話がある。書斎に行こうか」
しまった! こっちを忘れていた。
突然の結婚話(嘘だけど)で、衝撃を与えたらしい。
でも、あれ? 兄の顔はいつもの無表情。
そこまでビックリしたわけではないのかな? まさか賛成で、今すぐ荷物をまとめて出て行け、と怒られるとか?
オーロフは私の手首を掴むと強い力で引っ張った。で、そのままずんずん歩いて行く。
――ヤバイ! これは相当怒っている。勝手に外出しちゃったし、『お仕置き』パターンかな?
「兄様……痛い!」
すみません、舐めてました。
意外に力が強くて振りほどけません。
いつもだったらすぐ放してくれるのに、今日は全然緩めない。私の言葉に無言の義兄は、書斎のドアを開け、執事に指示を出す。
「私が良いというまで、中に誰も入れないように」
「かしこまりました」
かしこまっちゃダメだろ。
逃……逃げなきゃ。
スペシャルなお仕置きは嫌だ!
書き取りやスペル、暗唱地獄?
難解な本の感想を言わされるとか?
手を振りほどこうとするものの叶わず、結局書斎の中へ連行された。義兄が掴んでいた手首をグイッと引っ張るから、私は長椅子に投げ出される形に。
乱暴な振る舞いはいつもの義兄らしくないし、掴まれていた手首も痛かった。反対の手でさすった私は、涙目で恨みがましく義兄に訴える。
「兄様、すごく痛かったんですけど……」
「誰が兄だって? 大切にしていた結果がこれなら、私はお前の義兄を降りるよ」
「……え?」
何を言われたのかわからない。
私、何か聞き間違えた?
兄を降りるってどういう意味だろう。
それとも私、そんなに嫌われていたの?
言葉とは裏腹に、オーロフは長椅子の背と肘を持ち、顔を近づけてきた。囲い込まれた私はどこにも逃げ場がない!
顔がやたらと近いんだけど。
恥ずかしくって思わず顔を背けたら、義兄が覆いかぶさった。
「セリーナ……いや、リーナ。お前は強引な方が好きだったのか? だからグイード様に惹かれた?」
義兄は私の耳元に唇を近づけると、どこか悲しそうな声で囁いた。かすれた声と密着する身体に、私の心臓はバクバクだ! 顔が熱く、真っ赤になっていると自分でもわかる。
何も答えられないでいると、お仕置きとばかりに耳たぶを甘噛みされてしまう。形の良い唇が私の首筋を這い、胸元に落ちた。
「な……なな、何を。兄様どうして?」
焦って押しのけようとするけれど、上手くいかない。
でも、この前これと同じような事をしてきた時、兄は別の人と間違えたと言っていた。結婚したい程好きな人がいるのに、怒ったからってこんなお仕置きダメだよ!
「どうして、とは? こちらが聞きたい。どうして私ではダメだった? なぜグイード様なんだ?」
「だって……義兄様は……」
好きな人がいるって言ってたじゃない!
結婚の了承は得てないけど、そっとしてって自分で言ってたよね!
いくら好きでも、相手がいる人から奪おうなんて考えちゃいない。好きになり過ぎて嫌われるのも、去ってしまわれるのも怖いから!
グイード様とは本当に結婚するわけではない。プロポーズはされたけど、彼の提案で断るのをただ引き延ばしているだけ。こんな事になるのなら、やっぱりすぐに断っておけば良かった。
精一杯の抵抗を試みる。
これが単なる『お仕置き』で、シスコンをこじらせているだけにしても、やり過ぎだ! だけど義兄の力は強く、手で押し返しても動かない!
「ここで私のものにしてしまえば、お前は私から離れていかないのだろうか?」
義兄は再び顔を寄せ、そう呟いた。




