ヒースの丘で
「グイード様、なぜここに?」
「ここは私の母が好きだった場所だ。考え事をする時に私はいつもここに来る。君にも見せてあげたかった」
私達は今、涼しい丘みたいな所にいる。丘といっても辺りには一面の赤紫色の小さな花が咲いている。誰が育てたわけでもなく勝手に群生しているようだ。踏み潰すのも構わずに飛竜のグランは平気で寝そべっている。
「グイード様、この花って……」
「エリカの花だ」
他の名前もあったような気がする。
これでも中学までは真面目だったから、自由研究で花と花言葉を調べた事があるのだ。といっても、図書館にあった図鑑を丸写しだったけど。
「あ、ヒースの花!」
そっか、ヒースはイギリスの荒地の事。
グイード様がこの名前をご存知ないのは仕方がない。
花言葉は確か『孤独、寂しさ』
そのせいか遠くを見るグイード様の横顔が寂しそうに見えてしまった。背が高く堂々として自身に満ち溢れた彼。当然女性にもモテモテで全てを持っている人なのに。一瞬、孤独を抱えているように見えるとは、どういうわけなのだろうか?
「あの……グイード様」
「何だい、セリーナ」
「最近何か嫌なことでもありました? 例えば、寂しくなっちゃったとか……」
グイード様はキョトンとした顔をされた。
しまった、唐突に変な事を言いだすヤツだと思われた?
少しだけ考えた彼は、私の顔を見ながら慎重に答えて下さった。
「寂しい……と言えばそうなのだろう。27にもなって私は未だに独り身だ。想う女性がいるのだが本気の恋は初めてで、情けない事にあと一歩が踏み出せない」
うわ、もしかして私当たった?
将来の職業、兵士がダメなら占い師でもいけるとか?
でも想う人って昨日ルチアちゃんに言ってた『運命の女性』の事だよね? 女性にダラシな……女性の扱いが上手いグイード様ともあろうものがまだ告白していなかったんだ。
だったら私を飛竜に乗っけてないで、早めにその人の所に行けば良かったのに。
「セリーナ、君は? 誰か心に想う人がいるのかな?」
一昨日までの私なら、「全然」とはっきり答えていたと思う。
そしてあわよくばグイード様に恋愛してもらおうと、ファンクラブの最後尾に並んでいたのかも。だけど昨日はっきりと、自分の気持ちに気がついてしまった。
私は義兄の事が好き。
義兄はいつでも私のことを考えてくれていた。ほんわりとした温かい気持ちも安心感も、他の誰にも感じた事はない。でも結婚したい人がいるオーロフにこの気持ちを知られてしまったら、きっと困らせて嫌な思いをさせてしまうだろう。
「はい。私が勝手に想っているだけですが」
大好きだから失いたくない。
だからこの想いを本人に伝える事はできない。
想うだけなら自由なはず。
ここにはグイード様しかいないから、他の誰にも聞かれる心配は無い。
「もしかして、相手は昨日のジュール?」
なんでジュール様?
ああ、そうか。
昨日稽古をつけてもらったんだった。
違うので私は無言で首を振る。
「じゃあ甥のヴァンフリード?」
いや、それは……
ちょっといいなと思った事はあるものの、強引なので挫折。それに王太子はモテモテで、さすがに敵が多過ぎる。
同じように首を振って否定した。
「残念ながら私では無さそうだし……」
何でそんな事が気になるのだろう?
まさかグイード様が恋バナをしたい気分だとは思わなかった。
彼はハッとしたように私を見ると、断言した。
「そうか、相手は君のお兄さんのオーロフだね? 彼とは血が繋がっていないんだっけ」
顔がボフンと赤くなる。
今まで平気だったのに、意識した途端にこれだ。
赤くなった顔を隠そうとすればするほど、焦ってしまって上手くいかない。
「な……なな、何の事でしょう?」
ごまかさなければ義兄に迷惑がかかってしまう! 伯爵になったらすぐに結婚しようとしているんだもの。今は無理でも、その時は笑って心からおめでとうと言ってあげたいから。
「隠さなくてもいい。今の君を見れば直ぐにわかる。そうか、だから彼はあの時……」
「あの時?」
「いいんだ、こちらの話だから。だがセリーナ、君はまだ自分の気持ちを伝えていないだろう? だったら私にもまだ望みはあるのだろうか?」
「望み?」
さっきからグイード様は何がしたいんだろう?
わざわざこんな所に来て恋話したがったりなぞなぞ出してきたり。実はとっても暇な人だとか? 寂しいって言ってたのは相手の女性に構ってもらえないから? 相手はすごく忙しい人なのかな。ハッ、それとも運命の女性って、もしや人妻!?
「そうだった。君は駆け引きには慣れていないんだったね。じゃあ、はっきり伝えよう」
言うなりグイード様は私に向き直り、手の甲にキスをした。
彼はそのまま手を離さずに、淡い青の瞳で真っ直ぐに私を見つめる。
「セリーナ、君が好きだよ。出会って間もないが、私は君に惹かれている。ずっと一緒にいたいと思ったのも、この先側にいて欲しいと願ったのも、君が初めてだ」
「……はい?」
ちょっと待って!
だってさっき寂しいって。
本気の恋をしているっておっしゃってましたよね? なのに手近な私って……
これがいわゆる大人の付き合い、口説き文句ってやつなんですか?
「セリーナ。もし良ければ私と、結婚して欲しい」
「……はあぁぁぁ!?」
ま、まま、まさかグイード様、口説くたんびに結婚申し込んでいるとか? だから女性が列を作るのか? それって結構ダメなやつ。結婚詐欺だよ! それに『運命の女性』はどうなるの? 彼女が冷たいから私に乗り代えるって早くないかい?
ツッコミどころ満載だ。グイード様、あんたがそんなヤツだとは思わなかった!
「不愉快だった? これでもプロポーズは初めてで、正直戸惑っている」
「え、初めて? だって『運命の女性』がいるって……」
絶~~対に聞いた。幻聴なんかじゃない! そんな人がいるのにプロポーズって、いくら何でもチャラ過ぎだろう。
「そうだよ。君が私の運命だ。セリーナ、私は君との未来を望んでいる」
思考が緊急停止――
頭が真っ白ってこういう事を言うんだ。
じゃ、なーくーてー。
「どこをどうすればそんな結論に?」
いろんな女性を見てきたはずなのに、ガラの悪い私を『運命』と言うなんて、気の迷いとしか思えない! 昨日国境まで飛んですぐに戻って来たから、疲れて頭がおかしくなったとか? 遊び慣れてモテモテで大人のグイード様が、交際経験ゼロの17の小娘が良いなんて、どう考えても変でしょう。
「直ぐに堕ちないそんな所も良いけれど。君の強さと優しさ、他人を思いやる心の温かさが好きだよ」
低い声で爽やかに話すグイード様を、夕日が照らす。
いけない! もうこんな時間なんだ。早く帰らないと兄に説教されてしまう!
急にうろたえ出した私を見て、グイード様が言葉を続けた。
「本当に、君ほどつれない人は初めてだな。ここはね、私の母が父に見初められる前、想う人に初めて告白された場所だそうだ。母は亡くなるまでこの景色の事を懐かしそうに語っていた。だからかな、私はここで君に想いを伝えたかった」
そう言って、寂しそうに微笑むグイード様。
私はハッとする。
――王弟って事は、王様の弟でお母さんは正妃か側室だよね? その方のことを、『国王の他に想う人がいた』と、赤の他人の私にバラしてしまうのは、通常ではあり得ない。バレたら一大スキャンダルだし、自分の出生だって疑われかねないのに。そんな秘密を口にしたって事は……彼は本気だ!
「グイード様……」
どうしよう?
彼は本気で私に結婚を申し込んでいるらしい。
いつものようにサラっと話しているけれど、瞳は真剣だ。彼の気持ちと『恋愛しないと殺される』っていう自分の今後を考えた場合、OKした方が良いんだけど――
生まれて初めて告白された。
しかもこんなに素敵な所で。
だけど、好きな人がいるのにすぐ別の人っていうのは、私には無理だ。見込みが無いからってすっぱり諦められるもんでもないし。
恋愛経験ゼロの私には、失恋でさえ難しい。義兄の方に望みはなく、「義妹としか見られない」と断られるとわかっているのに……
迷う私に、グイード様がある提案をしてきた。




