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祈りにも似て

「何だって! まだセリーナが帰っていないだと?」


「オーロフ様、申し訳ございません。お止めしたのですが王弟様が全責任を取るとおっしゃって下さったので、それ以上は……」


「どういう事だ?」


 クラバットをゆるめながら目を細めて聞き返す。

 セリーナの侍女が恐縮している。

 使用人に威圧感を与えている事はわかっているが、なりふり構ってはいられない。今日こそリーナときちんと話し合うため、急いで家に帰って来たのだ。だがグイード様と外出したまま、まだ戻っていないという。それも飛竜に乗りたいからと、自ら進んで一緒に行ったのだとか。

日頃から『未婚女性が伴も連れずに行動してはいけない』と、あれ程言い聞かせていたにも関わらず。安全面を考慮して、飛竜は確かに最大で二人乗り。だからといってグイード様と二人きりだとは、どういう事だ!


「詳しく聞かせてくれ。どういう経緯でそうなった?」


 何とか平静な声を出す事ができたようだ。感情を#露__あら__#わにしたいが、怒鳴ってしまって使用人を失うのはいただけない。リーナに翻弄される事に、私も慣れてしまったのだろう。

 それにしても、グイード様もグイード様だ。

 彼が日ごろ相手にしている色事に慣れたご婦人方とは違って、リーナは純粋で箱入りだ。囮としてヴァンフリード様に貸し出したものの、男女の仲には疎く社交界の常識を知らない。適齢期の女性を連れ出し目撃されたとあれば、いくら王弟とはいえ直ぐに婚約の噂が流れてしまう事ぐらいわかりそうなものを。

 それともまさか、それが狙いなのか?


「話はわかった。責められるべきは義妹だが、次からは気を付けるように」


 青ざめた私は直ぐにセリーナ付きの侍女に退室を促した。彼女は一礼すると慌てて部屋を出て行った。




 なぜ気づかなかった!

 昨日までリーナは確かにこの屋敷に、私の一番近くにいたのに。

 先ほど両親から『外出先の友人宅でもてなされたのでそのまま泊まる』と連絡を受けた。私自身も早朝から登城していたために、この家にセリーナを独りにしてしまった。彼女は誰の許しも得ず、自分の判断でグイード様と二人だけで外出してしまった。

 未婚女性にあるまじき行い!

 徹底的に常識を叩き込む必要がありそうだ。何事も無く無事に戻ったら、だが。

 まだ戻らない義妹に焦りだけが増していく。


 王弟であるグイード様は私の気持ちを知らない。

 王太子のヴァンフリード様にはセリーナに対する想いを伝えてある。もっとも、最近の彼は油断がならないが。同期のジュールもたぶん察しているだろう。私も彼と同等の腕だと知っていて、セリーナに勝手に稽古をつけようとしていたようだが。


 だがグイード様は?

 十も年下のセリーナに、百戦錬磨のあの方が興味を持つとは思わなかった。牽制すらしていなかった事が悔やまれる。グイード様が本気で口説きにかかれば、まともな女性ならひとたまりも無いだろう。遊びの関係だと知りながら、彼の大人の魅力に溺れたご婦人方を何人も見てきた。女性側が本気になればなるほど、彼は途中で冷めて去ってしまう。

 リーナはどうだろう。

 あの方に惹かれてしまわないだろうか?

 誰にもなびかなかった黒騎士が、急に「責任を取る」と言い出した事の方が気にかかる。まさかとは思うが、グイード様の方がリーナに本気だという事はあるまいか?

嫌な予感が止められない。



 昨夜のあの様子では、私の真意はリーナに伝わっていなかったと思う。誰が好き好んで他の女性と結婚しようとするものか! なぜ私の想う相手が自分だと、#欠片__かけら__#も気づかなかったのか。

 昨日城から真っ直ぐ帰宅したのは、「この屋敷に残ってこれからも私と一緒に暮らして欲しい」と告げるため。「急激に大人になって欲しくない」と望んだのは、他の男に渡すためじゃない。私が伯爵位を継ぎ周りから正式に認められるまで、手元に置いて誰にも渡したくなかったからだ。


 セリーナが病気を克服し、別人だと気づいた時。

 あの時から彼女を、義妹としては見られなくなった。

 ただし自制するために、敢えて『義妹』として接した。

 以前の妹への感情と、今のリーナに対する愛情は全く異なる。元々血は繋がっていないが、以前のセリーナの事は本当の妹として慈しんできた。だが今のリーナに対しては……

 なぜ夜会に連れて行ったのか。

 なぜ囮の仕事を引き受けさせてしまったのか。

 他の男に会わせた事を毎日後悔していた。

 バカだと言い『お仕置き』と称して自分の気持ちを偽った。

 日々増していく恋情を時期が来るまで隠し通していたかった。時々女性の顔をのぞかせるリーナ。大切な彼女を前にして、義兄で居続けるのは思いのほか苦しかった。


 もう限界だ。

 私は義兄ではいられない――


 父に引退を勧めたのはこの私。

 以前から家督を譲るという話は出ていたものの、今までは特に気にせず断り続けていた。けれど結婚するなら、伯爵とその夫人という方が箔が付く。義理とはいえ兄妹として育ってきた私とセリーナ。一緒に暮らしていたという周知の事実があるために、口さがない者達の間で噂になる事だろう。だがその前に伯爵夫人の地位を与える事ができれば、社交界からも人々の悪意からも私の手で堂々と守る事ができる。

 リーナに会いたい。

会って『お前は私の事をどう思っている?』と、本音を聞き出したい。寝室で自分から抱きついてきたくらいだから、嫌ってなどいないと思いたい。


 昨夜遅くに彼女の部屋をノックした。

 既に眠っていたのだろう。

 応答がなかったために話すことが出来なかった。

 こんな時に限ってすれ違ってばかりいる。

 想う人に会えないのが、こんなに辛い事だとは。

 リーナ……お前は今、どこにいる?

 何を考え誰を想っているんだ?

 とにかく無事に帰って来て欲しい。

 今度こそお前に、私の想いを伝えたい。




 外の世界を見せたかった。

 自由な翼を広げて色んな経験をさせてあげたかった。

 だがそれは、お前には早過ぎたのだろうか?


 今のリーナには、安易に外に出ないように言い含めておく必要がある。彼女はとても無防備で、自分の魅力に気付いていないから。誤算だったのは誰もがリーナに惹かれてしまった事。愛らしいだけでなく優しく勇ましい私の義妹は、その魅力で誰をも虜にした。中身が変わってしまったとはいえ、兄妹として過ごしてきたはずの私まであっという間に夢中になってしまったのだ。他の男性がハマらないはずが無かった。


 外に出す時期を見誤ってしまったのかもしれない。

 女性として徐々に花開く美しいセリーナ。

 私だけの気高く美しい青い薔薇。

 本当は少しずつ大切に、気持ちが育っていくのを待っていたかった。私に頼り私なしではいられない程、甘やかしていたかった。腕の中に閉じ込めたなら、お前は何を思うだろう?

 様々な表情を見せるお前を手放す事など、今ではもう考えられない。たとえ世界中を敵に回すことになっても、お前を手に入れられるなら構わない。自分がこんなに激情的で嫉妬深いとは思わなかった。冷静沈着だという私の評判も、リーナに限っては全く当てはまらない。


 


 可愛いリーナ。

愛しいリーナ。

 私だけの大切なリーナ。

 どうか無事に帰ってきて欲しい。

これからは義兄ではなく、男として見て欲しい。


その切ない想いはどこか、祈りにも似て――

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