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結婚するって本当ですか?

「我ながら思い出しただけでヘコむわ~~。でも大好きな人にある日突然捨てられるのは、やっぱちょっとねー」


 身についた考え方はなかなか抜けない。

 自分から好きになるのも、近付き過ぎるのも怖くて出来ない。

 馬車の中でグダグダ考えていたら、いつの間にか我が家に戻っていた。狭くて暗い所は苦手だけれど、伯爵家の馬車はそこそこ広いし動くから、一人でも窓を開けていれば大丈夫! 何とかいけるしそれ程気にならない。

家の正面で降りて両手を上げてうーんと背筋を伸ばしていたら、なんと兄が迎えに出て来た。


「リーナ! こんな時間まで何をしていたんだ。私より前に城を出たはずだろう? どうしてこんなに時間がかかった」


ありゃま、またまた過保護だよ。

 だけど怒られたり心配されたりするのは、実はそんなに嫌じゃない。


「お兄様こそ、こんなに早く帰って大丈夫なの?」


やる気が無いと思われてクビになるんじゃあ……


「お前とゆっくり話すため、あの後すぐに仕事を片付けてきた。だが、先に帰ったはずのお前がいない。どんなに心配したかわかるか?」


う……ごめん。

 だって兄様いつも帰りは夜だから。

 少しくらい遅くなっても、わからないと思ったんだもん。


「図書館に行っていました。淑女たるもの、やはり教養も身につけないと」


真っ赤な嘘ですが。

まさか「死にたくないから『ラノベ』の結末聞きに行って、自爆しました」とは言えない。


「うちにある本も、ほとんど読んでいないのに?」


ですよね~。こんな事なら怪しまれないように、ちょっとは本を読んでおくんだった。でも我が家の図書室は、兄の好みで難しい本がいっぱいだし、母の趣味の園芸本にはちっとも興味がわかない。


「まあいい、すぐ食事にしよう。着替えておいで」


手を取られ、背中に手を添えられて家の中まで導かれた。

 こんなふうに優しくされると、困ってしまう。義理とはいえ兄妹だし、いつかは離れなければいけないと、わかっているのに。もう少しこのままでいたいと、願ってしまうのだ。


「どうした、黙り込んで。具合でも悪いのか?」


モノクルを外した端正な顔が心配そうに歪められた。明かりで陰影がついているからか、彫刻のようにも見える。だけど金色の瞳が輝いているから、綺麗でも人工物とは程遠い。


「いいえ。今日のメニューは何でしょう? なんだかお腹が空いてきました。とっても楽しみ!」


「お前は相変わらずだな」


 苦笑する大好きな義兄の顔をもう少しだけ眺めていたい。甘やかしてくれる貴重な時間を、逃したくなかった。

 だって、きっと後からお説教……

『お仕置き』と称して、勉強をガンガンさせられるのだろう。


 たとえ兄が、今でも私の中にセリーナの面影を見ているのだとしても、他の誰かと早く一緒になりたいと願っているのだとしても、今だけは私が、彼を独り占めできるのだ。


「さあ、部屋で着替えて降りておいで。私はお前の部屋には入れない。下でみんなと待っている」


「私が適齢期だから?」


 私が聞くと、兄がふっと微笑んだ。

 どこか色気のある笑顔……そう言ったら、鼻で笑われるんだろうけど。

 

 


 私は、淡いピンクのドレスを身に着ける。外側だけでも華やかにしたかったからだ。

 慣れというのは恐ろしいもので、以前ほどドレスを着るのが嫌ではなくなった。まあ、正式なものでなく、簡単で着心地の良い服だけど。コルセット嫌いな私をよく知る侍女が、これから食事ということで、省いてくれた。ラッキー!


 晩餐で、意外な話を聞かされる。

 義父の言葉に義兄は顔色を変えず、いつもの無表情。母も頷いていたので、知らなかったのは私だけ。ちょっとショックだ。


「え? お義兄様が伯爵位を?」


「そうだよ。手腕と能力を考えると、譲るのが遅過ぎたくらいだ。私達はこの子に甘えていたからね? いい機会だから領地に戻ってのんびり過ごそう」


 義父の言葉にビックリした。

 引退して家督を譲るって……

 家庭教師に習ったところによると、我が伯爵領はここから遠い。


 王都には腕の良い医師がいる。家族はセリーナの身体のため、この別宅に移り住んでいたそうだ。私が健康になった今、その必要は無いので、城で勤務する兄を残して領地に戻る、というのはおかしくない判断だ。


兄の年齢で伯爵というのは、早過ぎるわけでも無いらしい。でもこの外見に爵位まで付いてきたら、ますますモテて調子に乗るのでは?


「私達がいない方が、オーロフは自分のために時間を使える。セリーナも空気の良い田舎の方が、もっと元気になれるよ」


「え、私も?」


「社交や舞踏会にはシーズンがあるわ。その時だけこちらに来て、相手を見つければ良いと思うの」


 げ……そうだった。

 両親の言葉に、改めて自分が伯爵令嬢だったと思い出す。もう成人してるから、本格的に婚活しなきゃいけないのか? 今までのセリーナは病弱でお付き合いを免れていたけれど、さすがに今の私が病気を理由に断ってはダメだろう。

 そもそも早く恋愛しなくちゃ殺されてしまうのだ。


 でもどうしよう?

 領地に引っ込んだらラノベからも攻略者からもどんどん遠ざかってしまう。それで死ななきゃ良いけれど、もし伯爵領まで犯人が追っかけて来てしまったら?


「その事ですが……」

「はいはいはーーい! ルチアちゃんと海に行く約束をしました。それまで私が行くのを待ってくれたら嬉しいです!」


 元気よく手を挙げて発言した。

 兄の言葉を遮ってしまったようだけど、こっちも必死だから仕方が無い。猶予をもらって恋人作るか何とか、残る方法を考え出さないと。


「ルチア……王女のルチア様? それなら、お断りはできないな。失礼のないように」


「あら、まあ。そんな調子でよく王女様とお近づきになれたわね。くれぐれも粗相(そそう)のないようにね?」


 両親が心配するのはごもっとも。

 だってもう既に、王太子の頬に一発かましてしまったもの。牢屋に入れられるか死刑になってもおかしくない事態だけれど、なぜか彼はそんな事をしないような気がする。それにいざとなったら、ルチアちゃんに泣きついて助けてもらえば良い……かな?


「私は聞いていないが?」


 うげ。兄の目がすんごく冷たい。

 だって、今日言われたばかりで誰にも話してなかったもん。私が残るの反対だとか? 


そんな風に妹をすぐ追い払おうとしなくたっていいじゃない! もしや兄様爵位を手に入れた途端、好きな人と過ごすため、私が邪魔になったとか?


「兄様、もしやすぐ結婚しようと言うのでは?」


「ええっっ!? オーロフ、あなたそんな相手がいたの?」


「誰なんだ? 相手の女性は」


 私の言葉を皮切りに、突如質問攻めで夕食どころでは無くなった。

 何だ、両親も知らないのか。

 じゃあ違うのかな? 

 なのに突然、義兄の頬にサッと朱が走る。


「まだ了承は得ていません。お願いですから、そっとしておいて下さい」


 珍しく焦る兄を見て、私の胸は苦しくなる。まだバラした私を責めてくれた方が良かった。「勝手な事を言うのはやめろ」と怒ってくれた方が良かったのに。


 もう少し一緒にいられると思っていた。側にいて、習いたいことがたくさんある。乗馬や護身術を教えてくれると、約束したばかりだ。


それに、嬉しそうな義兄を見ているのはつらい……

 

「ごめんなさい。疲れが出たので、今日は早めに休ませて下さい。それからお義兄様、おめでとうございます。お相手の方によろしくお伝え下さいね」


 泣かないでこれだけ言うのがやっと。

 両親はお互いの話に夢中で、私の様子に気づかない。席を立ち、義兄の近くを通った瞬間、パッと手首を掴まれた。金色の視線が真っ直ぐ私を射抜く。


「本当に? お前の知らない誰かと、私が結婚してしまっても良いのか?」


 良いも悪いも……

 何で義妹の意見なんか気にするんだろう?

 私に他人の幸せに口を出す権利なんか無いのに。

 

 ましてやそれが、大好きな人なら。

 一番幸せになって欲しいと願う人なら――

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