元ヤン、褒められる?
港町であるシンの人々は生活水準が高く潤っているけれど、差別意識がまだ少し残っているのだという。住む場所も何となく分けられていて、一般居住地と賎民用の居住地が別なのだとか。サッパリした性格の人々が多く、決して教養も低くないはずなのに、生まれによる差別だけが未だになくならない。そのため、彼らの意識を改革しようと年に何回か、王家が視察に訪れているのだとか。
「それに『規格外』がどう関係してくるの?」
「まだわからない? あのね、君はまたしても誰もが予想もしなかったことを、やってのけたんだ」
どういう意味だろう。
ヴァンの後ろでブンブン手を振っていたことの何が?
「君が馬車に乗る直前、ちょうど見つけたあの子は、さっきも言ったように『賎民』として扱われてきた子供だった。私はこの言葉が嫌いでね。でも、敢えて説明のために使わせてもらうとするよ?」
大使も私も頷いた。
ヴァンが差別を嫌う人だとわかって良かった。
「『賎民』は汚らわしい存在として、心ない一部の人に蔑まれている。近くにいることや触れる事すら嫌う人がいるんだ。ここまではいいね?」
私は首を縦に動かした。
カルロ様が口を挟む。
「ひどい話だしまったく根拠がないんだけどね? 彼らがいないと困るくせに、そのことは考えないんだ」
「そう。ちなみに王家はこの国では最高位とされている。父や王太子である私、私の正式な婚約者となった君もそうなる」
やばい。そんな意識は全然なかった。
位とか身分なんて面倒くさいだけだと思っていたから。でも、それが何か?
「セリーナ、さっき自分がアルトにしたことを覚えている?」
「そりゃあ、まあ」
挨拶して手を握っただけだけど?
「まだわからない? 君がしたのは、最低の身分だと言われている『賎民』に最高位の『王家』が最上の礼を尽くしたということなんだ」
「そうなの? 教えてもらった通りにやっただけなんだけど。もしかして、間違ってた?」
最高とか最低とかよくわからない。
何も考えていなかったけれど、アルトと名乗った男の子には心を込めて接したつもりだ。
「ふふ、やっぱり君は面白いね? 常識で考えればあり得ないことだけれど、意図していたことに対しては最高の成果を上げたと言える。町の人々の驚きの表情を見せてあげたかったよ。みんなの顔ときたら……。自分達が蔑んで遠ざけていた子供に、未来の王太子妃が近付いて、膝を折って挨拶していたんだからね?」
「でもそれは、ルチアちゃんが教えてくれたから……」
「いくら何でも膝を下にはつかないよ。それに、握手は片手だ。両手で下からすくい上げて頭を垂れるのは、我が国では本来、下位の身分の者が上位に対してすることだ。まあ、パフォーマンスとして時々例外もあるけれど」
パフォーマンス? 例外?
何じゃそりゃ。
そんな面倒くさいこと、いちいち考えていなかった。
でも私、そんなことしてたっけ?
ルチアちゃん、目の位置を合わせるって言ってたよね? だったら、背が低い子供の手を取る時は、頭が前に傾くような。
「ああ、もちろん責めてはいない。むしろ逆だ。君があの子に敬意を持って接したことにより、町の人々も彼や彼の家族への態度を改めるだろう。最後に私も祝福の言葉を与えておいたしね?」
「祝福の言葉?」
まさか「あげないよ」って言い放ったやつだろうか? 私はヴァンの顔をまじまじと見つめた。
「『そのための協力は、町の皆も私も惜しまない。君の前途に幸あらんことを』私はそう言っただろう? あれでもう、心ない住民も彼に手を出せない。仮に傷つけたとすれば、町の人や王家の私に逆らったことになるからね」
そんなもんかいな。
王太子の言葉ってそんなに重みがあるんだ。
「じゃあ、あの場から急いで馬車に戻ったのはどうして?」
「人々が我に返る前に避難したかったからだ。もし、あそこにいた多くの者が、アルトのように君と握手をしたがったらどうする? 私から祝福の言葉をもらおうと一斉に詰めかけたとしたら、どうなると思う?」
「どうって……」
「おそらく混乱が起きる。以前、似たような失敗をした人を知っているよ? 私の義姉だ。だが彼女は、自分の魔法で騒ぎを鎮めることができたそうだ。兄がそう語っていたから」
カルロ様が教えてくれる。
すごいお義姉さんだ。
でも、何だかだんだん話が繋がってきたような気がする。
「では、先ほど大使が『お義姉さんと私が似ている』っておっしゃったのは性格のことで、『規格外』って言うのは、私が王家の常識からはみ出してるっていう意味?」
ヴァンに向かって聞いてみた。
カルロ様も面白そうに瞳を煌かせている。
「そうだね。でも君はそんなところも素敵だ。おかげで今後、シンの町はみんなが差別に対する意識を改め、考え方を変えようとするだろう」
もしかして、私もちょっとは役に立ったのかな? 不当な差別なんてなくなればいいと思う。人を、自分ではどうしようもないことでバカにするのは良くないことだ。
私は以前日本にいたから、生まれや職業で人を差別してはいけないと、当たり前のように習っていた。けれど、この国の人達はどうなんだろう? 教育はどうなっているの? 小さな時から平等に学校で学ぶ機会はあるのだろうか?
質問をすると、今度はカレントの大使であるカルロ様が教えて下さった。
「君の国ラズオルは大国だから、教育を受けられる者とそうでない者との差が激しいそうだ。その点、私の国は以前から魔法教育や一般の教育に力を入れていてね。国民の識字率は高く、国費や貴族の寄付で学院も設立されている」
「そう。我が国で教育を受けられるのは、貴族が主でほんの一握りの人間だけだ。残念ながら一般の民の教育水準は低い。そんな所も含めて、カレントからご教授頂こうと思ってね」
すごい!
ヴァンってば、何だかちゃんと仕事をしている。
商談って物を扱うだけじゃないんだ。
もしかしてこれって『業務てーけい』?
何にせよ、みんなが幸福になるなら素晴らしいことだ。
「あ、それなら……」
「何だい、セリーナ」
いや、ヴァン。話を聞くのにいちいち顔を近づけてこなくていいから。ちょっと恥ずかしいんだけど……。だってほら、大使がクスクス笑っている。接近してきた綺麗な顔を、腕を伸ばしてどかしながら言ってみる。
「……私も行ってみたい! 高校!」
「こーこー?」
「あれ? 作るんでしょ? 一般向けの高等教育をする学校」
一瞬静かになった。
またしても、ヴァンと大使が顔を見合わせている。
「なるほど、一般用を別に作ればいいのか! それなら貴族達も納得するだろう。しかも、私の婚約者である君が率先して行くとなると、良い宣伝にもなるはずだ。さすが私のセリーナだ。君ほど予測のつかない女性はいない」
いちいち抱きついて言わなくてもいいんだってば!
別に、普通の考えだと思うんだけど。
でも、褒められて悪い気はしない。
気をよくした私は、言葉を続けた。
「学校があってどんな子でも知識をつけられるようになれば、自分が将来やりたいことが見つかるね。親が墓堀り人だからって、墓堀りの仕事を選ばなくても良くなるかも」
だって中卒での就職活動、本当に大変だったんだもん。つらくても高校に通っておけば良かったと、何度後悔したことか……
「すごいな、君は。今の話だけでそんなことまでわかるのか? 私の義姉もだが、君も相当聡いね」
何だ、さといねって。
頑丈でたくましいって意味だろうか?
わかんないからとりあえず、笑っておこう。私はカルロ様にヘラっと笑ってごまかした。
「セリーナ、君は私のものだろう? 他の男に嬉しそうに笑いかけていいとでも?」
うわ……ヴァン、面倒くさいよ。
嫌そうな顔をした私を見たカルロ様。
彼がお腹を抱えて笑っていたのは、両国の友好のために内緒にしておこう。




