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毒の花

 簡単な服に着替えて階段を下りて行く。

 案内されたのは、いつかの部屋。

 そこは以前『誘拐事件』でベルローズやミーシェ、ロザリンドを糾弾した場所だった。


 正面奥に座るヴァンフリードが、自分の隣に座るよう手招きしている。部屋には義兄のオーロフやグイード様、側室のローザや彼女の護衛となっているジュール様まで同席している。

 誰も何も言わないから、いいのだろうか? 私はそのまま、王太子の隣に浅く腰かけることにした。長い足を組み替えた彼が、言葉を発した。


「さてと、これでようやく全員そろったね。ではオーロフ、もう一度最初から。罪状を読み上げてくれ」


「はい。繰り返します。クレデリック伯爵家、ローザ=クレデリック。毒の所持及び使用。セリーナが口にした紅茶のミルクに混入した毒は、貴女のもので相違はないか?」


「だから、さっきから何度も言っているでしょう? 私は関係ない、()められたのよ! そうよ、その女の自作自演だわ!」


 えっと……どういうこと?

 その女って、明らかに扇でこっちを差しているけれど。私が好きで毒を飲んだってこと? 


「私? 苦しい思いを好きでしていたって?」


 ムッとして立ち上がりかけたのを、隣にいた王太子に止められた。どうして? あなたはそんなにこの人を庇いたいの? 青い瞳は私を見ず、真っ直ぐローザの方に注がれている。


「では、質問を変えましょう。あなたの家は代々薬師の家系だった。薬草を育てるのは得意とするところ。しかしある時を境に、クレデリック家はわが国では栽培禁止の物を含め毒花を好んで育てるようになった」


「そんなの、言いがかりでしょう?」


「いいえ、きちんと調査に行きました。敷地内にはトリカブトやスズラン、ジキタリスやベラドンナなど毒を含む花や草木が所狭しと並んでいました」


 オーロフの言葉にローザが反論する。


「実家や毒のことは知らないわ。薬を作る一環でしょ? 植物は毒にも薬にもなるってよく言うじゃない」


「ええ。ですが、毒の研究は一族の中でも貴女が秀でていたとか?」


「そんなこと誰が言ったの? 私は知らないわ」


 ローザの言葉にも義兄は冷静だ。

 モノクルに軽く触れると言葉を継いだ。


「そうですか。貴女は頭の良い女性だ。簡単には尻尾を掴ませないでしょうね? ヴァンフリード様たちの母君を毒殺した時のように」


 どういうこと?

 私は息を呑み、隣の王太子の顔色を(うかが)った。

 けれど彼は表情を変えず、静かにローザの方を向いている。


「嘘よ! 私がテレーズ様を? あの方は王城に上がったばかりで何も知らない私に優しくして下さったのよ? どうしてそんな事をする必要があって?」


「どうしてだろうね? きっと、兄の寵愛を得るために義姉上が邪魔になったのだろうね。あんなに優しい人だったのに」


 グイード様が発言する。

 これはいったいどういうこと?

 みんなでローザを糾弾しているって……

 だったら彼女は、ヴァンフリードの好きな相手ではないの?


「ひどい! 証拠もないのに私を責めようというのね? ねえ、ヴァン、あなたからも何とか言ってやって。この私が責められているのよ? それなのに黙って見ているつもりなの?」


 ローザが色っぽく訴えかける。

 何だ、やっぱり二人の間には特別な絆があったんだ。


「そうだね。できれば私も、幼い頃に姉と慕ったあなたを信じたかった」


 え、姉? 恋人じゃなく?

 もしかしてローザって、思った以上に年上なの?

 声は冷静でも、王太子の青い瞳は氷のように冷たい。彼は本気で怒っている?


「いったいみんなで私を脅してどういうつもり? 証拠は? 何もないのに私を責めるの? だったら陛下に奏上して……」


「そういえば、最近の陛下の体調不良の原因も、貴女の煎じた薬湯のせいだとか」


 義兄のオーロフが歩きながら書類をめくっている。


「陛下に『元気になる薬湯』だと言って貴女が用意したものですが。調べさせたら、面白い事がわかりましたよ?」


「くっっ」


 どうして? 

 側室なのにどうして国王まで?

 そういえば国王陛下はいつも顔色が悪く、どんどん痩せていってる気がする。




 息を呑んだ私の手を握ったヴァンフリードが、今度はジュール様に声をかけた。


「ジュール、報告を。見た事や聞いた事をそのまま伝えてくれ」


「はい。ヴァンフリード様の指示でローザの護衛として何日か張り付きましたが、正直、この女の相手はもうこりごりです」


「何ですって!」


 ローザが鬼のような形相で後ろに立つジュール様を睨んでいる。ああ、でも。この角度だと確実に、ジュール様の方が可愛らしい。本人に言ったら怒られそうだけど。


「まず、見舞いと称してセリーナ嬢の部屋に言った時、彼女ははっきりとあることを言いました」


「ほう、何と言った?」


 グイード様が興味を示す。


「はい、『トリカブト』と――毒の正体は伏せられていたはずです。検査した役人か犯人にしかわからないようにしたと。僕もその場で初めて聞きました」


 ああ、言ってたわ。

 何だかカブトガニの親戚みたいなやつ。


「ふん、素人はこれだから。トリカブトは猛毒よ? 少量ですぐに死に至るわ。だったらそこにいるのは誰? なぜ彼女は死ななかったのかしらね?」


 ローザがしつこく食い下がる。

 さっき毒のことは知らないと言ったばかりなのに、やけに詳しい。


「それについては研究チームの報告が。詳しくは割愛しますが、根よりも花の方が毒性は薄いとのこと。しかも花粉にも毒があり、花粉から蜂蜜を作れば毒の量の調節はある程度できるそうです。殺さずに痛めつけて生かしておくことも可能かと」


 義兄が淡々と書類を読み上げている。

 そういえば!

 紅茶にミルクを入れてもらった時、とても甘い香りがした。ミルクのせいだとばかり思っていたけれど、もしかして入っていた蜂蜜のせいだとしたら? そのことを言ったら、義兄は頷いてくれた。


「捕えた一族の証言によれば、貴女は花からの毒の抽出に()けていたとか。そのために、ローザからは常に甘い香りがしていたはずです」


 オーロフが締めくくる。


「よくもそんなことを! 香水のせいよ。ヴァン、この人達に騙されないで!」


 立ち上がりかけたローザを、ジュール様が肩を押さえて制した。ああ見えて彼の力は強い。彼女も諦めたようだった。


「確かに。染みついた香りを消すために毎日嫌という程香水を振るから、鼻が曲がりそうだよ。百合の香りが当分嫌いになりそうだ」


 ジュール様が肩を(すく)める。

 そうだった。短時間部屋に入って来られただけでも凄い匂いがしていた。側にいるジュール様からすれば、たまったもんじゃないだろう。


「でっち上げよ! 全て推測でしょう? まあ、陛下の薬湯は調合を少し間違えたのかもしれないわ。だけど、それだけで私を裁くの? ねえ、ヴァン。お願い、止めさせて? 私達、昔はあんなに親しくしていたじゃない」


 え? 昔? 今じゃなく?

 だったらこの前「わかるでしょう?」なんて、含みのある言い方しなくても……

 

「ジュール、報告はまだ終わっていないはずだが?」


 うんざりした様子の王太子が、先を促す。

 ローザの訴えは完全スルーだ。


「僕にセリーナを襲わせようとしたこと?」


「なっっ!」


 オーロフが声を上げる。

 ああ、そうか。義兄は不在でいなかった。

 それこそ、ローザの実家に調査に行っていたのだろうか?

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