師弟対決!?
「ふー、君ってやっぱりお転婆だね?」
腕を組んで冷静に観察していた金髪。
ジュールと言ったっけ。
やっぱりって何だ。
お前のこと、知らないぞ?
「ごめんね、このままでは帰れないんだ。彼女に報告をしないといけないからね?」
彼女?
彼女ってまさか、昼間のローザとかいう人?
「ああ、それと。蹴りを繰り出す時に重心が若干高めだ。安定させるためにお腹に力を入れて。上体はもう少し落とすといい」
「は?」
ええっと……
この人って敵だよな?
何? 今の。もしかしてアドバイス?
きょとんとする私を見た彼が一言。
「思い出せないなら仕方がない。傷つけちゃうけど、いい?」
いいと言われて「はい、そうですか」と言うバカはいねーだろ? だけど彼は自分の腕に自信があるのか、ニヤニヤしたままかかってこない。
「貴様……う、裏切るのか。さっさと始末しろ!」
先ほど蹴り上げた男がうずくまりながら声を出す。痛いんだったら無理しなくていいのに。声を出せるくらい元気なら、遠慮せずもう一発いれておくんだった。あ、遠慮してなかったか。
「だってさ。ごめんね? セリーナ」
肩を竦めるとため息をつきながら言う。直後、彼の周りの空気が変わった!
ジュールは一瞬で間を詰めると、笑みを貼り付けたまま拳を突き出して来た。その動きは意外に遅く、本気を出していないのが丸わかり。もちろん、この程度なら余裕で躱せる……と、思ったけれど。
「病み上がりだから手加減してあげてるんだよね。叫び声を上げてもいいよ? もっと楽しませてごらん」
何この人、もしかして一番ヤバイ人?
変態なんじゃあ。
……ん? 変態?
「考え事をしながらって随分余裕だね? それなら、もう少し本気でいこうかな」
顔に似合わず拳の力が強いから、肘で防いだところが早くも赤くなっている。時々私も拳や蹴りを繰り出すけれど、当然のごとく全然当たらない。
……ん? 当然?
避けるのに忙しく、気付けば背中にベッドの端が当たる。
「へえ? もしかして誘ってる? 別にいいけど。あいつに見られたままでもいいのかな?」
「はい?」
うずくまる男を見やった後、嬉しそうににじり寄る彼は、確実に変態さんだ。顔はこんなに可愛いのに、性格は破たんしている。
どこにも逃げ場がなくて、ベッドの上を仰向けのままじりじり後退する私。トン、と肩を押されて倒され、膝で脇を固められてしまう。
そうか! 枕の下!
「お前、遊ぶな。さっさとそいつを始末しろ!」
「うるさいなぁ。僕のやり方でいいだろう?」
タイミングよく仲間割れ?
ジュールが後ろを振り向いた!
私はその隙に身をよじり、枕の下に隠していた短剣を取り出す。
鞘から素早く引き抜くと、ベッドに手をつき覆いかぶさってきたジュールの喉に押し当てた。
「動かないで! 動くとあなたが傷つくぞ」
けれど、彼は喉に短剣を当てられたまま、相変わらず笑顔を浮かべている。
「おお怖い。まあまあかな? でもまだ弱いよね。大声で叫ぶぐらいのことはしなくっちゃ」
小さな声で囁いてくる。
思わず目を丸くしてしまった。
え? それってもしかして……叫べって言ってる?
「誰かーー! 誰か早く来て~~」
叫んだ途端、ジュールは短剣を避けて満足そうに頷くと、すぐに身体を翻した。
ドタドタと廊下を走る音が聞こえてくる。
「くそっ、お前がもたもたしているから!」
「じゃあこれからは君の出番だ。後は頼んだよっ」
言いながら、彼は仲間の男に蹴りを入れて気絶させると、窓の所に移動した。
「あなたはどうして! それにここ、二階だから!」
「セリーナ、思い出してごらん」
ガシャーーン!
扉が開くと同時に、窓ガラスごと彼は外に飛び出した。
「セリーナ! 無事かっ」
声と同時に部屋に入ってきた一団。先頭にいたのは王太子で、こんな夜中なのに兵を引き連れて来ている。随分手回しがいいな? 何だかちょっと引っかかる。
ジュールって奴も帯剣してたよね? だったら私の短剣ぐらい平気で払いのけられたんじゃあ。それに、自分から叫んでくれっておかしくないか? 色々教えてくれたし、何だか悪者というよりも、私の師匠みたい。
……ん? 師匠?
「大丈夫? セリーナ。手荒なことはされていない?」
私を見つめる青い瞳。
掴まれた手首や赤くなった肘を調べている。
だけどもう、騙されない――違和感の正体がわかった気がする。
「ねえ、ヴァン。これってもしかして、茶……ぶふっ」
茶番? と言おうとしたら、彼の胸に思いっきり頭を押し当てられてしまった。苦しいんだけど。ああ、そう。黙っとけってことだね?
「拘束した賊は連行して直ぐに取り調べるように。黒幕がわかり次第、私の所に連れて来い!」
「はっっ」
「ああ、それと。逃げた方は無理に追わなくていい。闇に紛れてわからなくなっているだろうから」
王太子が次々指示を出している。
いやいや、正体バッチリわかっているから。そう言おうとしたら、手で口を塞がれてしまった。
「もう少しだから。もうすぐ君の疑問に答えてあげるよ」
ヴァンが私の耳元に口を寄せ、小声で囁く。うん、まあそれなら別にいいんだけど。
だけど、近くにいる兵士達からすれば、まるでいちゃついているように見えるよ?
「ヴァンフリード様はどうなさいますか?」
「私は大事な婚約者を落ち着かせてから向かう。……大丈夫だよ、可愛い人。怖がらないで?」
ぐわっ、ダメージが。
まったく怖がっちゃいないんだけど。それに『婚約者』って言っちゃあダメでしょう。義兄は嘘だって言ってたし、この人達が本気にしたらどうするんだ?
強い力で抱き締められている私。彼の腕の中でジタバタもがいている。最後の兵士が部屋から出ると、彼はようやく腕の力を緩めてくれた。
「ちょっと! どういうこと?」
「セリーナ。君は恋愛ごとには鈍いくせに、こういうことには察しがいいんだね?」
「なっっ」
「もちろんバカにしたわけじゃない。そんな所も君らしい。だけど犯人を捕まえるためには、仕方がなかったんだ」
じゃあ、もしかして私をここに留めたのは囮のため? 本当は私のこと、好きでも何でもなかったの?
そう考えたら、頭が割れるように痛んだ。
ヴァンは、ヴァンフリードは私のことが好きじゃない。彼が好きなのは、本当は――
「セリーナっっ!!」
本気で焦る彼の声を聞きながら、私は痛みのあまり気を失った。




