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元ヤン、襲われる

 翌日の夜――


「セリーナ、私の事を見て私の事だけを考えて」


 目が合った時、深く青い瞳のヴァンが私に命じる。耳の横と耳たぶを優しく噛まれてしまい、背中がぞわぞわしてくる。たまらなくくすぐったいし、恥ずかしい。


「ああ、思った通りここは弱いんだ。それに君はとても良い香りがするね」


 首筋を優しく支えられ、唇が肩を這う。

 そうかと思えば綺麗な顔が再び近付き、唇が重ねられた。

 角度を変えて(ついば)まれる。

 長い口づけは思ったよりも心地よく、頭がボーっとしてしまう。


「うっとりした顔も素敵だけど、目は閉じてもいいんだよ?」


 言われた通りに目を閉じる。

 楽しそうに笑う、大好きな人。


「セリーナ、君は私を誘うのが上手だね」


 言うなりヴァンは、再び唇を重ねてきた。

 今度はいきなり深いキス。

 積極的に舌まで絡めてくる!

 逃れられない抱擁と身体の熱さに、何も考えられなくなってしまう。


「ねぇセリーナ、私はもう十分待ったよ。そろそろ先に進めてもいい頃だ」


 ヴァンフリードが掠れた甘い声で囁く。

 耳元で聞こえるイイ声に思わず腰がビクッとしてしまった。

 優しく頬を撫でる長い指。

 青い瞳に囚われた私。

 くぐもった笑い声を立てた私は彼の肩に腕を回し、耳元で愛を囁く――




「どっわーー!!」


 何これ何これ何これ~~!

 あまりの衝撃に、思わず飛び起きてしまった。

 何だそうか、やっぱ夢か……

 あー、良かった。すっげー恥ずかしい。

 自分が自分じゃないような。

 しかも、お互いやる気……積極的ってどういうこと?


 真夜中。あてがわれている自分の部屋で一人、わたわたしている。

 夢で良かった。現実にあんなん起こったら、恥ずかし過ぎて頭が沸騰してしまう。まさか私の願望じゃないよね? 経験もないのに想像だけでいろいろ思い浮かべるって、相当イタい奴かも。

 なのにどうしてだろう? 触れられた手や唇の感触がやけに生々しく感じられたのは。

 まさかそこまでの関係だったってことはないよな? 夢の内容がすっごいから、相手役のヴァンにも申し訳ない気がする。本人にバレたら恥ずかしくて、もう二度と顔向けできない。


 嫌な汗もかいたようだし、ちょっと着替えようかな?

 そう思ってベッドから下りようとしたら――




「……誰!」


 部屋の中に、私以外の人の気配がする。しかも複数。こんな夜中にいったいどういうこと?


「へえ、さすが。勘の良さは変わっていないようだね?」


 音もなくカーテンの影から出てきたのは、昼間ローザと名乗った女性と共に来た護衛。童顔の彼は、確かジュールと呼ばれていた。金色の髪が窓から射す月光で、今は白っぽく見える。

 部屋の暗がりからは、一……二、二人の影。

 こちらは全く見覚えのない人。

 この人たち、こんな時間になぜここに? っていうより、さっきの醜態(しゅうたい)見られてた? ヤバイ、そっちの方が気になる。


「声も上げずにどうしたの? そんなに僕たちが怖い?」


 護衛のはずの彼の目が愉快そうに輝く。

 猫のような目が、今は意地悪そうに見える。冷静に周りを見て、出口までの距離を目視で測る。大の男が三人――しかも一人は城の護衛。

 ……いけるか?


「こんな時間に何しにここへ? 訪問するなら明日でお願いします」


 一応言ってみる。

「はい、そうですか」と帰ってくれたら儲けもの。


「これがただの訪問に見える? 大丈夫、心配しないで。見られないような顔にするだけで、命まではとらないから……多分ね?」


 可愛らしい顔で楽しそうに言うけれど、言ってる内容結構えげつないぞ? ジュールと言われた護衛がサッと手を上げると、二人の男がじりじり近付いて来た。



 待て待て待て。

 病み上がりの女性に、いくら何でも二人がかりはないだろう? しかもニヤニヤ笑いながらって……。二人ともイヤな感じだし止めて欲しい。

 冷静に考えていられるのは、多分イケると思っているから。ケンカなら慣れている。この二人なら、倒すことができるかも。目を離さず床に降りる。裸足の方がきっと動きやすい。


 音もなく飛び掛かって来たいかつい男。彼を走って(かわ)しながら、もう一人の細身の男の背後に回り込み、腕を掴んで背中側にねじり上げる!

  

「痛て、痛ててて! 何すんだ、この(あま)っ」


 そうだね、痛いよね。 

 だって、わざとだもん。

 これって力要らないし。

 だけどさっきの男が、後ろから私に掴みかかろうとする。

 だったらここは、蹴りでしょう! 掴んだ腕は離さずに脚だけを思いっきり蹴り上げる。


「おっと」


 チッ、外したか。

 二人同時は無理がある。

 仕方がないので持っていた男の腕をさらに(ひね)り、後頭部を掴んで床に叩きつけ、沈める。そんでもってダメ押しの手刀。はい、()ちた~~。

 次に備えてすかさず両手の拳を握り、目の前で構える。いかつい男は慎重に距離を測っている。

 金髪の護衛は腕を組んだまま、ニヤニヤ笑ってまだ動かない。それだけが救いだ。おそらく彼は、この中で一番だ。圧倒的に強いんだろう。


 でも何だろう? この感覚。覚えがあるようなないような。


 急に間合いを詰めて殴りかかってきた男を(かが)んで躱し、パンチを繰り出す……と見せかけての蹴り。わき腹に入った一発は、残念ながらとどめとなるには軽い。それにいつもより身体が重いような気がする。

 ずっと寝ていたせいなのか? 思ったように決まらないから、イライラする。

 木刀か武器があれば、こんな奴でも一発なのに!


 あ、そうか!

 急に思い出したので、もう一度ベッドに向かって走る。ところがあっさり追いつかれると、手首を掴まれてしまう。


「観念しろ! 女のくせに、ちょこまか逃げやがって」


 ドスのきいた声で凄まれる。

 いやいやいや、逃げるのに男も女も関係ないでしょう。しかも、逃げなきゃあんたら危険ですよね?

 ギリギリと手首を締められるから、とても痛い。


 逃げられそうにないみたい。

 こうなりゃ奥の手?


 できるだけ可愛く見えるよう首を傾げる。

 怯えた表情ってどうすりゃいいのか、よくわかんねーから。

 いかつい男の動きが一瞬止まったところを見計らって……

 大事な部分に渾身の一撃! こんなとこ、できれば私も蹴りたくないんだけど。


 当然痛がり苦しむ男。

 前屈みで、かなりつらそうだ。でももちろん、同情はできない。だってあと一人、一番手ごわそうな奴が残っているから!

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