元ヤン VS 側室
金髪の護衛騎士を伴って部屋に入って来たのは、ピンクブロンドの髪のとても綺麗な人だった。胸の部分がぱっくりあいたラベンダー色の豪華なドレスを着こなしている。
歳は若く見えるけど、化粧が上手なだけのような気もする。だって、よく見ると目じりに小じわがあるし、香水の匂いがすごいから。
彼女は私と同じくらいの背格好で、胸がかなりデカい。こんな知り合いいたっけ? というより、城の事は一切憶えていないから挨拶しようがないんだけど。
「ごきげんよう、セリーナ様。具合が悪いって聞いてお見舞いに来ましたの。お時間よろしいかしら?」
よろしいも何も、もう部屋に入ってる。一緒にいる童顔の護衛は何も言わない。ただ黙って、女主人と私の反応を見ているみたい。
でも、わざわざ見舞いに来てくれたってことは、いい人なのかも! 結構親しかったってことなのかな? 化粧濃いって言ってごめんなさい。
あ、そうか! 倒れる直前、王女と一緒にお茶した人がいるってことだったっけ。聞いていたのは赤い髪。もしかして、ピンクの間違い?
「わざわざありがとうございます。ベニータ様」
「ベニータ? 公爵家の小娘? あら、嫌だ。私そんなに若くはないわよ? 貴女と直接話すのは初めてね。私はローザ。記憶がないというのは本当のようね?」
むむむ、こんな時、どう返せばいいんだ? 話すの初めてってことは初対面? それなのにここに来たって何でだ。公爵家の人を「小娘」って何だか感じが悪いんだけど。
「ええっと……」
困ったようにローザの後ろの護衛を見てみる。一瞬目が合ったような気がしたけれど、わざとらしく逸らされてしまう。
「ねえ、貴女がセリーナでしょう? ヴァンの今のお気に入りの」
あれ? 何だかひっかかる。
なぜか敵意が感じられる。
「ヴァン」と呼ぶってことは、彼女は王太子と親しいのかな?
それに今のってどういう意味? 日替わりで他にもいっぱいいるとか? そもそも私がヴァンのお気に入りとは何ぞや。
「そうか、記憶がないなら答えられないのも当然ね。それなら教えてあげるわ。私とヴァンとはその……ほら、わかるでしょう?」
いんや、全然。
だって、覚えていないのに。
しかも「教えてあげる」って言っておきながら、「わかるでしょう?」って、そんなのわかるわけがないだろう。 一瞬イラっとしてしまった。
あ、もしかしたらなぞなぞか? 暇だからなぞなぞしに来たの? 首を傾げて考える。
目の前のローザは美人だけど、結局何しに来たのかよくわからない。歳も離れているし、私とは親しくないようだ。しかも、笑っていると見せかけて、目はまったく笑っていない。むしろ怒っているように感じる。何でだ?
「わかりません。教えてもらえますか?」
正直に聞いてみた。
考える時間がもったいない。
なぞなぞだったとしても、ノーヒントだしもう降参で。
「まっ、大人しそうな顔して生意気だわ! 私を誰だと思って……。ああ、そうか。頭が悪い――失礼、憶えていないんでしたわね」
そう言うと、ローザは持っていた扇をパチンと閉じて自分の口元を覆い隠した。笑っているのを隠す仕草。
うん、さすがにこれは私でもわかるよ? いくら頭が悪くても、タイマン……ケンカを吹っかけてくる相手くらいは見極められる。
「ええ。本当にわかりません。用がそれだけならお帰り下さい。換気しないといけませんので」
どうだ! アタ……私だって上品に反撃できるのだ。
「はあ? 貴女、陛下の寵愛を受けている私に何て態度? ちんちくりんの小娘が偉そうに!」
突然キレられた。
ちんちくりんって何だ!? セリーナはアタシから見ても十分可愛いぞ!
あー、でもこの人、面倒くさい人だわ。それに、陛下の寵愛って……さっきは「王太子と親しい」って言ってなかったか? それとも、国王もヴァンって名前なのか?
どっちにしろ私とは関係ない話だし、香水の甘い匂いに頭が痛くなってきた。追い出す作法とか知らないから、用がないならとっとと帰ってくれないかな。
「はぁ」
「はあ!?」
いけね、ついため息をついてしまった。
だって話長くなりそうなんだもん。
勘弁してよー。そう思って護衛を見ると、彼はなぜか口元を手で隠している。
待てよ。こいつ、もしかして笑ってないか?
「ちょっと、貴方からも何か言ってやってちょうだい」
怒り狂ったローザは、後ろの護衛に助けを求めた。彼の腕に自分の手をかけている。
いちいちしなだれかかって話すから、邪魔くさそう……おっと、こういうのをセクシーって言うんだっけ? なんせ恋愛偏差値ゼロだから、まったくわからないや。
ん? 恋愛偏差値ゼロ――?
さらに頭が痛くなる。
何かが引っかかったような気がする。
思わず頭を抱えると、彼女の声が飛ぶ。
「いい気味だわ! 私に逆らうからよ。トリカブトの毒がまだ抜けていないんじゃなくて? 良かったわね。ヴァンが助けてくれたんでしょう?」
ヴァンが私を助けたの?
それは知らなかった。
トリカブトってカブトガニの親戚か?
どうでもいいけど本当に気分が悪い。早くベッドに横になりたい。
「ローザ様、そろそろ。このような者の側であなたの貴重なお時間を費やすなど、もったいないことです」
「そうね、ジュール。もういいわ、戻りましょう」
初めて護衛の声を聞いた。
知っている人のような気がしたけれど、きっと気のせいだ。
本格的に頭が痛くなってきた私。額を押さえて目を閉じていたために、扉の閉まる音で二人が部屋を出て行ったと気づいた。
そのまま、よろよろとベッドに倒れ込む。吐き気がするほどの頭の痛み。ぐるぐるめまいもしてきたようだ。
何だ、まだよくなっていなかったのか。今日はもう家に帰れると思ったのに……
いつもありがとうございます(*゜▽゜*)
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