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好きな人の好きな人

 言葉は結局、告げられなかった。

 国王到着の合図とともに、皆が玉座までの道を開け頭を下げたから。

 王太子といえども例外はない。

 一旦は道を開け、国王を通さなければならない。




 国王陛下は複数の愛人……じゃなかった、側室を伴って入って来た。ベルローズがいなくなっても、取り巻きの数は変わっていないようだ。

膝を折って挨拶すると、顔を上げるように言われた。思わず隣に視線を向けると、ヴァンフリードは、国王の隣のおとなしそうな可愛らしい女性を真っ直ぐに見ていた。苦しそうな表情が、なんだかとっても痛々しい。


「ヴァンフリード、ご苦労。だが、勝手なことをされては困る」


「そうよ、ヴァン。あまりお父様を困らせるものではないわ」


私のことを言っているんだとわかった。

 王太子に連れられて、国王には一度だけ会ったことがある。でも私、あの時も今も本物のパートナーではないんだけど。

 父親である国王と、そのお気に入りだと思われる可愛いけれど胸の大きい側室が、王太子に声をかけた。彼が私を『大切な人』と言ったのを誰かから聞いたらしく、二人ともそれを快く思っていないように感じた。その上、外国の大使に『婚約者』って嘘を吐いたのがバレたら、さすがに激怒されるだろうなぁ。


それよりも気になったのは、側室の言葉。

 私がようやく口にした彼の愛称を、彼女はこともなげに呼んだ。名前を言われた王太子は、俯いたまま無言。


 ああ、そうか……


 私の予想は多分間違っていなかったんだ。

『人妻』とはいかないけれど、彼はきっと手に入らないこの人のことが好きなんだ。だから彼女に嫉妬させようとして、私に好きだと言ったんだ。


我ながら素晴らしい推理で嫌になる。

 もう少し知らないままでいたかった。

 ふりとはいえ、婚約者。

 叶わない恋だと知りながら、もう少しだけ甘い空気に浸っていたかった。


 案の定、父親お気に入りの側室と会った後の彼は、私から離れていった。それからも、国王とその側室に大使を紹介したり仕事の話をしたりして、何かと忙しそうだ。オーロフは仕事が終わっていないのか、まだ姿が見えない。会場を警護しているジュール様に近寄るのは、まだちょっと怖いので遠慮しておく。

 私はその間、グイード様に相手をしてもらっている。チャンスとばかりに、あの側室の情報を聞き出すことにした。


 国王の隣にいた女性。

 落ち着いているけど可愛らしい彼女は、名前をローザというらしい。

 名前までバッチリ。

 だって、王家の名前は『アルバローザ』。

 可憐な薔薇のような彼女は、髪もピンクブロンドで肌は白く唇はふっくらしている。

 この前のベルローズよりも若くて美人。

 歳も父親より息子である王太子の方に近そうだし、上品な仕草でひと際美しく輝いている……ように見える。


「どうして彼女のことを? ああ、そうか。ヴァンと彼女とは因縁があるからね」


 やっぱり……

 わかっていた事とはいえ胸が苦しくなる。

「ヴァン」と親しみを込めて彼を呼ぶローザ。ヴァンフリードはそれを許し、最後まで何も言わなかった。だから恋愛偏差値ゼロの私でも、さすがにわかってしまったのだ。


ヴァンフリードは……ヴァンはローザのことが一番好き――


「恋愛ってなかなか思い通りにはいきませんよね」


 ため息を吐いた私に、グイード様は目を細めてこう言った。


「そうだね」


この日、王太子が私の隣に戻ってくることはなかった。




 ごまかすためなのか、ヴァンフリードは大使の歓迎パーティー以降、ドレスやアクセサリーなどのプレゼントを私にドカドカ贈ってくるようになった。無駄になるから止めて欲しい。半年後にはどうせ返すから、あまり意味は無いような。


王太子が私に『ヴァン』と言うようこだわったのは、彼女にいつも呼ばれているからだと思う。呼ばれた時に、うっかり返事をし忘れるのを防ぐためなんじゃないだろうか? 

 まあ上品さでは、私はローザの足下にも及ばない。けれど、背の高さはたぶん同じくらい。体重もきっと……あ、胸が大きい分、向こうの方が少し重いかも。もちろん負け惜しみじゃあありません。事実です、きっと。

 

なんだかちょっと気が抜けた。

 好きだと言われて、うっかり信じかけちゃった。

 彼が私を選んだのは、彼女と私の背格好が似ているから。ローザが手に入らないから、私で我慢しているんだ。

 それならもう二度と、『ヴァン』なんて呼んでやらない! 好きだと言われて、本気になんてしたりしないから。

『婚約者のふり』だけで満足していれば良かった。元々近づき過ぎてはいけない相手だったのに。

 なのにどうして、こんな気持ちになるんだろう?




 王太子が私のことを『大切な人』と宣言しちゃったせいで、いろんな夜会やお茶会に頻繁に招かれるようになってしまった。その度に機嫌が悪くなる義兄が、招待されたパーティーを片っ端から断っている。ただし、王族からの招待だけは別で、なかなか断れないらしい。


そんなわけで今日は、ルチア王女の部屋にお邪魔している。隣でぶすっとしているのは公爵令嬢のベニータ様。ベニータ様とは誘拐事件以降初めて会う。

けれど、彼女はもう猫を被る必要がないと判断したのか、さっきからいろいろ#辛辣__しんらつ__#だ。


「まったく、ヴァン兄様も私という理解者がありながら! 相手が貴女じゃやっぱり分不相応よ。でもまあ、珍しさに飽きたらすぐに捨てられるのでしょうけれど」


 あれ? こんな人だったっけ?

 おとなしくて優しくて上品だったベニータ様は? ゲーム版ではヒロインなんですよ、あなた。


「あら。ベニータこそお兄様の事を全然わかっていないのね? お兄様は好きになったらとことんこだわる人よ? そのせいで槍の上達も騎士達より早かったんですもの。お義姉様も気をつけてね。ああ見えて嫉妬深いから」


 はい? 槍と同じ扱い?

 だからこの前宝物庫がどーとか言われていたのかな?

 でも大丈夫! 

 彼が好きなのは私ではないから。

彼がこだわるのは別の女性。

 苦しそうだった表情も、ヴァンと呼ばれて唇を歪めていた様子も、私は隣でバッチリ見ていた。

胸の痛みは無視しよう。どうせ始めから、私には無理な恋愛だったのだから。


「ヴァン兄様ったら、趣味が悪いわ。見てくれだけのこんな女に入れあげるなんて。私の方がよっぽど綺麗で王太子妃に相応しいのに」


「お義姉様のことをこんな女って失礼だわ! ベニータ、すぐに謝罪しなさい!」


「まあまあ、ルチアちゃん……姫。ベニータ様の言う通り、彼女の方が頭が良くて美人だよ?」


「あら」


「もう!」


 目を丸くしたり怒ったり。

 思ったままを言っただけなのに。

 だけど、ベニータ様でさえ側室のローザ様には敵わなかった。本当に、ヴァンフリードったら。実の父親の側室だなんて、なんて人を好きになっちゃったんだ?

ルチアちゃんと仲の良いベニータ様なら、まだ応援できるかもしれないのに……しないけど。


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