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元ヤン、婚約者になる

思いっきり走って王太子にぶつかったから、その人には私の髪の色や背格好、コルセット姿までバッチリ見られてしまったはずだ。さっき王太子は『婚約者』以外、何て言ってごまかしてたっけ?


『野暮な事は聞かないでくれ。寝室に閉じ込めていたけれど、夢見が悪かったのだろう。落ち着かせてくるから後で会おう』


 そんな感じの事を恥ずかしげもなく言っていたような。

 もしこれが婚約者じゃなくって、ただの遊び相手だったら……


 大切な商談があるにも関わらず、遊びの女性を寝室に閉じ込めました。なおかつ女性側が昼近くのあの時間まで爆睡しちゃうくらい、前日イチャコラしてました。落ち着かせるために相手を連れ去り、またしてもイチャベタしようとしている遊び人です。


っていう変な感じに取られないか?

 そんな王太子がいる国と取引したいですか?

 いいえ、無理でーす!

 それってダメ王太子!


 それなら『婚約者』じゃなくってもっと上手い言い訳があったんじゃ? そう思ったけれど、コルセットが見えた状態で急に飛び込んでいった私。咄嗟に庇った王太子には、言い訳を考えている暇なんて無かったと思う。


ヴァンフリードを責めるのは筋違い。

 彼は大事な客人に『婚約者』と嘘を吐いてまで私を守ろうとしてくれた。




「あの……ごめんなさい」


「どうして? 謝られる事ではないよ。ここは『光栄です』って笑顔で承諾する所だよ? 本当に、君に関しては私も自信を無くすよ」


 苦笑する顔もやっぱり素敵に見えてしまうのは、乙女心の為せる技。だけど取引のためとはいえ婚約者って言われても……。あなたが良くても周りや国民が絶対に許すはずがない!


「あの、婚約者ってやはり無理があるのでは?」


「そうかな? 私はそう思わない。それに、さっきの大使もすんなり受け入れていただろう?」


「言われてみれば……」


 しかも彼は嫌な顔一つせずに私と王太子を見送った――と思う。よく見えてなかったけど。理解あるすごくいい人なのかも。そんな人のいる国と取引したいなら、国民としては協力するべき?


「じゃ、じゃあ、大使がお帰りになるまでなら」


「ふうん。条件を付けるの。期間限定というわけだね?」


 彼は顎に手を当て目を細めた。

 腹黒王太子が色々考えだしたら面倒だ!


「わー嬉しいなー楽しそう(棒)」


「何だい、その全く心がこもっていない言葉は? まあいい、君が望むなら。取り敢えず期間限定で。だけど本物の婚約者として扱うから」


 本物って何だろう?

 本物と偽物に違いはあるのかな?

 まあいいや、とりあえず前みたいに仲良しの演技すればいいだけだし。

 ちょっとだけときめいてしまった事は本人には内緒にしておこう。




「本物って?」


「セリーナ、君は私を誘うのが上手だね」


 言うなり王太子は、再び唇を重ねてきた。

 今度はいきなり深いキス。

 先ほどのためらうような感じはなくて、積極的にし……舌まで絡めてくる!

そんなの舐めても美味しくないぞ? 恥ずかしくって離れようとする度にグイグイ迫ってくるのは何でだ?


「ま、待って……」


 息も絶え絶えになりながら、キスの合間に訴える。

 筋肉質の胸に手をついて必死で逃げようとしたけれど、後頭部を片手でガッチリ固定されてるから逃げられない! かといって荒々しい感じは全然なくて、吐息は甘く触れる指先は優しい。

暴走している心臓が、ドキドキし過ぎて苦しくなる。


「ふわっっ」


 変な声が出てしまう。

 こんな自分は知らない。

 

「ねぇセリーナ、私はもう十分待ったよ。そろそろ先に進めてもいい頃だ」


 ヴァンフリードが掠れた甘い声で囁く。

 耳元で聞こえるイイ声に思わず腰がビクッとしてしまった。

 優しく頬を撫でる長い指。

 深く青い瞳に囚われて、離れたいような離れたくないような……


 でもこのままだと確実にヤバイ気がする。

 かけ算の九九を難しい九の段から逆に唱えながら、無理やり身体を引き剥がした!




スーハースーハー

ようやくまともに息ができる。


「と……ところで!」


 何とか声も出す事ができた。

 見よ、私の精神力!

『紅薔薇』の称号は伊達じゃない。

 顔はまだ赤いだろうけど、そんな事は気にしない。


 眉を片方だけ上げた王太子が私の目をじっと見ながら色気たっぷりに自分の唇をゆっくり舐める。

 や、やーめーてー。

 ただでさえまだ心臓がうるさいし。破裂したら確実にあなたのせいですから!


 ますます赤くなった頬を両手で隠しながら私は言った。


「先ほどの大使は……どれ位ご滞在に?」


 離れた国から来ているなら、長くても一週間くらい? その間家に引きこもってしまえば大丈夫! 身を守れるしボロも出ないに違いない。


「こんな時に冷静に話が続けられるなんて、私もまだまだだね?」


 いえ、別に。

 張り合ってもいませんし、ケンカも売ってませんから。


「まあいいか。他ならぬ君からの質問だ。カレントの大使だね? 彼にはせっかくだから半年ほど滞在してもらうよう薦めたところだ。詳細を詰めなくてはならないし、良好な関係を築きたいから。おそらく向こうもそのくらいを想定していただろう」


 長っっ!


「は……半年? 半月でなく?」


 まさかの長期間? 

 あれ? もしかして私、早まった?

 その間こんな事がまた起こったら、ドキドキし過ぎて心臓麻痺で死んでしまうかもしれない!


「そう。半年間君を独占できるなんて私は運が良い。今宵は早速歓迎の舞踏会だ。正式なパートナーができて私も嬉しいよ」


「ほえ? む、無理無理無理。そんな事を急に言われたって……」


「大丈夫。以前、君にプレゼントしようと思っていたドレスもちゃんとあるから」


「いえ、衣装の心配をしているのではなくてですね」


「じゃあ何? もっと愛情を示して欲しいの? 続きをするのは構わないけど、随分積極的だね」


「ちーがーうー! あの……撤回する事って」


「言い出したのは君だよ? 君は私の気持ちを知りながら、弄ぼうとするの?」


「た、確かに大使がお帰りになるまでとは言いましたが……」


「その間に私を好きにさせるから。すごく楽しみだよ、セリーナ」


 ヴァンフリードが妖しく笑った。




 それからの王太子の行動は「はあ?」と思うくらいに早かった。両親のいる屋敷に早馬を出し、私が戻れない事と城にそのまま滞在する事を伝えた。また、後日正式に挨拶に行くとも言ったらしい。

執務室にいる義兄にも報告に行ったようで、「大変だったよ」と後から教えてくれた。迷惑かけるな、と怒られるのが怖いので、私はまだ兄には会っていない。

 

 そもそも期間限定なのに、そこまでする必要があるのか?

 取り敢えず今日を乗り切ればいいだけじゃないのか?


 王太子の指示で突然お風呂に放り込まれ、女官達に身体を磨いてもらってる私が言うのも何だけど。

贅沢にマッサージまでしてもらって、風呂あがりの冷たいお茶まで飲んでる私が言うのも何だけど。


「あ、お代わりもお願いします。そっちのフルーツ入りの焼き菓子もお代わりで」


 いっかーん!

このままではどんどん堕落してしまう。城の中、意外と居心地が良いから困る。この前からちょくちょく来ているからか図太くなって慣れてきたみたい。


 用意されていたラベンダー色のドレスに袖を通しながら考える。

 どうしてこんな事になったんだっけ? というより、もしも粗相があったら国際問題?

 王太子の婚約者……仮だけど……がアホ過ぎて戦争になった例は今までにーー無かったよな?

 

  

いつもありがとうございます。

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