元ヤンの事情
兄は青、私は紅、妹は二人の色を混ぜた紫。両親が付けてくれたカッコいい名前を私達兄妹は気に入っていた――
妹がイジメられて私がヤンキーになるずーっと前に、両親が離婚した。
真面目で何でも一人でできる母ちゃんと、面白い事が大好きないい加減な父ちゃん。私が小学校に上がるまでケンカばかりの二人が一緒にいたのは、奇跡のようなものだった。
私は父ちゃん……父に似ていると親戚からよく言われる。私も優しく面白い事を教えてくれる父が大好きで、構って欲しくていつもまとわりついていた。
離婚の原因となった『浮気』なんて当時はあんまりわかっていなかったから、別れた後は父について行くと言い張った。もちろん母や周りには止められたけど、意地になっていたのだ。
三兄妹の真ん中の私を一番可愛がってくれた大好きな父。そんな父が私を邪魔に思うはずがない。だって自慢の父ちゃんだもん! そう頑なに信じていた。
二人だけの暮らしは、最初はとても楽しかった。父が帰ってくるまで家で自由に過ごせたし、菓子パンやインスタントラーメン、お菓子をご飯にしていいなんて夢のよう。毎日コンビニに行けるのも魅力的。
休日には大音量の変な店――キッズルーム付きパチンコ店や、馬――競馬、を見に連れて行ってくれた。
だけどそんな生活が長続きするはずもなく、だんだん父の帰りが遅くなり、帰って来ない日もある。夕方までは外で遊ぶからいいとして、一人の夜は寂しく怖い。
だから私は、久々に会った父に文句を言ったのだ。
「ねえ、メイちゃん家はいつも父ちゃんと母ちゃんがいるよ。何でうちは違うの?」
「菓子パン飽きた。前みたいに美味しいものが食べたい」
「留守番ばかりは嫌だよ。お泊まりするなら連れてって!」
あまりにうるさく言い過ぎたのだろう。
優しいはずの父がボソッと呟く。
「ハズレだな。おとなしい紫の方が良かった」
ショックだった。
父ちゃんに嫌われたら、あたしはどうすればいい?
それからは、一生懸命おりこうになろうと努力した。
菓子パンやお菓子でも文句を言わなくなったし、何かをしたいとねだることもない。暗くても一人で我慢したし、帰って来たら肩もみだってしてあげた。
だって機嫌の良い時、父ちゃんは必ずこう言うから。
「やっぱり紅が一番だな。愛してるよ」
それだけでとても嬉しかった。
もちろん口先だけの愛情だけど、私はその時、誰かに必要とされたかったのだ。
今思えばろくでもない親父だったけど、それでも私にとってはたった一人の大好きな父ちゃん。ずっと一緒にいられれば、それでいいと考えていた。
ある日、父がこんな事を言い出す。
「これから父ちゃんが友達を連れて来るから、紅はこの中に隠れてそいつを驚かせて欲しい。でもやつは用心深いから、ちょっとやそっとじゃ驚かない。だから父ちゃんが良いと言うまで出て来てはダメだぞ」
「わかった!」
張り切って答えると、押入れに入るように言われた。なぜか空っぽで水とパンが置いてあったのに、不思議には思わなかった。秘密基地のようで楽しかったから。
久しぶりに父ちゃんが私を見て、一緒に遊んでくれる。突然出てきてお友達を驚かせたら、その人はきっとすごく驚くに違いない。それを見て父ちゃんと私は、お腹を抱えて笑うんだ。
成功したら父ちゃんは、あたしを褒めてくれるかな? 「やっぱり紅で良かった」と、頭を撫でて喜んでくれる? 想像しただけで楽しくて、ワクワクした。
だから、父ちゃんが家をそのまま出て行っても、おかしいとは思わなかった。バタンとドアの閉まる音に続きガチャガチャと鍵のかかる音がする。
そうか、お友達を迎えに行くんだね?
私はこのまま、ここでじっと隠れていればいいんだよね?
それからは、押入れにずっと隠れて過ごした。トイレに行くのもサッと行き、戻って来るまでドキドキだ。だって今入って来られたら、驚かす事ができないもん。
うっかり寝ちゃったら、慌てて起きてふすまの隙間から部屋の様子を確認する。良かった。まだ帰ってはいないみたい。
いつ戻ってくるんだろう……音がしたらわかるかな?
合図の言葉はなんだっけ……父ちゃんの声ならわかるから、なんでもいいか。
私はバカみたいに、父を信じて待ち続けていた。
ドアがドンドン叩かれても、出て行かない……だって父ちゃんは鍵を持っている。
パンや水が尽きても、その場を動かない……ちゃんと隠れていないと、またハズレだと言われてしまう。
結局、何日か経った後で警察と児童相談所の職員とかいう人達に私は助け出された。鍵を開ける音がしたけれど、空腹で喉がカラカラ、唇もひび割れていた私は、その場から動くこともできない。ほとんどの時間を押入れの中で過ごしていたから、今がいつで何時なのかもわからなかった。
休みが続いたので、小学校の先生が保護者に連絡を取って確認してくれたそうだ。父に繋がらなかったため、母の方へ。母は父がいい加減だと知っていたから「そのうち登校してくるとは思いますが……」と言いつつも心配してくれたらしい。
母のおかげで私は助かった。
けれど同時に、大好きだった父親に捨てられた事実を知る。
「本当にバカだったよね。今ならあんなやつ、叩きのめしてやるのに」
その後、母ちゃんと兄妹と暮らすようになった私。父ちゃんとは一年ももたなかった。父親があの後どうなったのかわからないし、知りたいとも思わない。
私は母ちゃんを選ばなかったバカな自分を悔やんだ。母ちゃんが「つらい思いをさせてゴメンね」と私に謝り、兄妹も遠慮をするので余計に苦しい。
狭い所が嫌い、広い外が好き。
勉強は嫌い――たった一人で宿題していた事を思い出すから。
外で身体を動かす方が好き――嫌な事を忘れてしまえるから。
なるべく家族に迷惑をかけないように、おとなしくしようと考えた。だけど中学の時、妹がイジメに遭っていると気付いてしまう。
それなら私が妹を守ろう。妹の紫は『ハズレ』なんかじゃないもんね。
私と違って頭も良いし、母ちゃんや兄ちゃんのお気に入り。だったら私が大切な妹を、イジメから守ってあげよう。
残念ながら私はまた、期待に応えられなかったみたい。学校内でケンカをしたので、母ちゃんを悲しませてしまった。
自分がケンカが強いってわかったけど、人としては最低だ。親父に似て迷惑をかけたのかと思うと、ますます自分が嫌になる。
母ちゃんや兄ちゃん妹は私を責めないし、レディースの仲間とつるんでも、大抵は許してくれる。それが余計に辛かった。
中学を卒業すると同時に家族から少し距離を置こうと、ヤンキーデビュー。コンビニは今でも好きだし、そこで時々会う連中と意気投合したから意外にすんなり。
ケンカが強かったのも幸いし、メキメキと頭角をあらわす。拳で語りバイクで流している時だけが生きているって実感できた。ケンカに勝って喜ばれたり、仲間に必要とされるのはすごく嬉しい。
私は外で自分の居場所を見つけた。
世間から白い目で見られても、ヤンキーだとバカにされても、仲間は私の事を『ハズレ』だとは決して言わない。それどころか『姉御』とか『紅夜叉』だとか『紅薔薇』だと言って慕ってくれたのだ。
硬派なチームだったから、当然恋愛は禁止。もちろん私はそれで良い。
男に裏切られたり信じて捨てられたりするのは、自分の父親だけでたくさんだ。それに木刀や鉄パイプを振り回し、勝って高笑いをしている自分にまともな相手が寄ってくるとも思えなかった。
以前、ルチア王女に偉そうにかました説教は、自分が言われたかったこと。
私は誰かに必要とされ、無条件に受け入れて欲しかったのだ。
彼は、生まれ変わったこの世界で私を大事にしてくれる。甘い言葉と微笑みで、私に接してくれた人。私は彼の事が気になった。
だけど、本当の恋などしなくていい。
命の危険さえ無ければ、このままでいたかった。
だって、大切な人に捨てられてしまうのは、もう耐えられない。それに彼には私より、おとなしく上品な人がよく似合う。
気になってしまってごめんなさい。
勝手に好きになってごめんなさい。
死にたくないから『恋愛』しなくちゃいけないけれど、大好きな人に嫌われたり傷つけられたりするのはつらい。優しかったはずなのに、一緒にいてがっかりされたり「ハズレ」と言われるのは、もうこりごり。
私はあなたを選ばない。
大好きだから……どうか私を嫌わないで!




