私の相手は誰?
ここからが本番なので、ちゃんと聞こうと机の上に身を乗り出した。なのにコレットさん、なぜか浮かない顔をしている。
「詳しくは書かれていないんです」
「は? 恋愛小説がそんなんでいいの?」
「読者の想像にお任せします……といったタイプの小説で」
「ほえ。どういう事?」
「つまり、探しに来たその人と抱き合ってセリーナが涙を流すんです。『やっぱり私はこの人を愛している……彼と共に在る未来を望んでいる』って」
「ふんふん、それで?」
「それでって……終わりです」
「え? それで終わりって……。だって、肝心の相手は? 何も書かれてないの?」
「特に何も。そういえば! セリーナを殺しに来た人物を返り討ちにしていたのは、その攻略者だったかもしれません」
「その人が彼女を守ったって事?」
「ええ。途中でそんな描写があったように思います」
「それだけ? セリーナの相手の特徴とか何か書かれてなかった?」
「長い脚、煌めく瞳、私を見て泣きそうな顔で微笑む彼の姿」
「誰だろ?」
「掠れた声で私の名を呼ぶその唇が愛しくて。髪に手を差し入れて、今すぐ貴方を抱き締めて、一つになりたい……」
「ストーーップ! す、すんごく恥ずかしいんですけど」
「でも、こんな感じでしたもの。相手の方も永遠に失ってしまったと思っていたセリーナを探し出せて、感激していました」
「感激されてもなぁ。誰だかわからないんじゃ、全く面白くないでしょ」
「いいえ。誰だかわからないからこそ、自分のお気に入りを当てはめられたし、ゲームにもなったんだと思います」
「そんなものなの? 良さが全然わかんないんだけど」
あれ? コレットさん、ムッとしている。しまった! 怒らせちゃったかも。
「それなら現実のセリーナ様は? そう言うのなら、どなたか特定の相手がいらっしゃるんですか?」
「いないから困っているんじゃあ……」
「そうですか。でも、それだと面白く無いんですよね? 批判ばかりして、ご自分はどうなんですか?」
ヤバい、マジギレされてる。
「どうって言われましても……」
「そもそも『恋愛』は一方通行では無いんです。お互いに想いあってこそ成立するものですよ? 攻略する方に振り向いて欲しいのなら、ご自分の方が先に好きにならないと」
「だけど……」
「だけど? 見込みがないからって諦めてしまうんですか? 協力します、とは言いましたけど人の心までは動かせません。ご自分で積極的にならないと。楽な道を選ぶのではなく、努力して好意を掴み取って下さいっ!」
一気に言い切って、ハアハアと肩で息をするコレットさん。
『恋愛』するのって、やっぱりそんなに大変なんだ。
先にどの攻略者なのかを知って、その人にお願いすればいいか、と単純に考えていた私。それだと確かに相手の気持ちを全く考えていない事になる。好きになってもらう前に、自分が好きにならないといけないのか。
けれど……
表情を曇らせた私を見て、コレットさんが言葉を続ける。
「セリーナ様、間違っていたらごめんなさい。本当は既に、心を惹かれている方がいらっしゃるのではないですか? なぜその方にしないんです? 何か理由があるのですか?」
時々感じる胸の痛み。
深く考えないようにしてたのに。
「セリーナ様?」
「え? あれ……何でだろ?」
予想もしていなかったのに、目から水がポロッとこぼれた。
コレットさんの言葉に、つい反射的に。
好きだと認めて良いものかどうか。
確かに気になる人はいる。
だけどその人は……
私が彼に相応しいとは思えない。
転生する前にいろいろあったから、男の人を好きになるのがとても怖かった。自分から好きだと伝えるのは勇気がいるし、嫌がられたくない。
だって、大切なものはいつだって、私の前からいなくなる。
愛した人に愛してもらえるとは限らない。置き去りにされたり、つらい思いをするのはたくさんだ。信じて傷つくくらいならいっそ――
『恋愛』しなくちゃと思う一方で、誰にも振り向いてもらえない事にホッとしていた。大切なものができればできるほど、自分が弱くなる気がするから。誰かを想って苦しむよりも、私を好きだと言ってくれる人がいるのなら、その人と恋愛出来ればそれで良かった。だけどそれを恋や愛と呼んでいいものかどうか。
コレットさんの言うように、それだと一方通行で相手の気持ちを無視する事になってしまう。まあ、本気で私を好きだという奇特な人がいれば、の話なんだけど。
手の甲でグイッと涙を拭い、コレットさんに向かって「えへへ」と笑った。彼女までつらそうな表情をしている。
――同情は要らない。誰ともお付き合いした事が無いのは本当だし、男女交際はできれば避けて通りたかった。面倒くさいし、つらいから。殺されるんじゃなかったら、今のままが一番いい。
そんな私にコレットさんが助言をする。
「色々言いましたけど、選ぶのはご自分です。『アルロン』の攻略者でなく別の方ならちょっと心配ですけれど。それでも、良ければ相談には乗りますよ?」
私は黙って首を振った。
原因が自分にあるとわかったし、気になっている人はちゃんと攻略対象だ。
本当は初めて会った時からどうしようもなく惹かれていた。ラノベの攻略者だと知る前から。イケメンに興味が無いのは本当だけど、彼だけは特別。
――側にいたい、声が聞きたい、姿が見たい。話がしたい、笑って欲しい、もっと親しくなれたなら。
考えただけで苦しくなるこの気持ちは何だろう?
私はこの感情の名前を知らない。もしもこの気持ちを『恋』というなら、私はもうとっくに彼の事が好きなんだと思う。
だけど元ヤンで何の取り柄もない私。
最後にはきっと憎まれて嫌われてしまう。
いくら外側がセリーナで可愛くても、中身が私ならいつか飽きられて、捨てられてしまうだろう。
良い思い出になればいいけれど、生まれ変わってまで「ハズレだった」と言われたら、もう立ち直れない気がする。
私はそれが怖かった。
「本当の恋愛って、なんかスゴく難しそうだね」
他人の心はわからない。
臆病な私は、ヘラっと笑ってごまかす事しかできない。




