元ヤン、大ピンチ!
「い……いったい何の事でしょう?」
「とぼけたってダメだよ、セリーナ。もう言葉遊びは止めよう」
言葉遊び? いったいどういう意……
「ぴぎゃっ!」
ちょ、ちょーっと待った!
言うなりそのまま耳を舐めるってどうよ?
囁く時に息がかかったと思ったら、そのままペロンと舐められた。おかげで変な声が出てしまったし、思わずビクッとしてしまう。
「み、みみみ耳~~!!」
抗議しようと思ったのに、言葉が出てこない。
手を動かそうにもがっちりホールドされているから、防ぐこともできない。
「どわっっ!」
更に耳の横と耳たぶを優しく噛まれてしまい、背中がぞわぞわしてくる。たまらなくくすぐったいし、恥ずかしい。……っていうより何されるがままになっているんだ、私!
「ああ、思った通りここは弱いんだ。それに君はとても良い香りがするね」
お、思った通りって何?
王太子ともあろう者がそんな事考えていたの?
肌に高い鼻が当たっている。
慣れてる様子なのもなんかヤダ。
良い香りはお宅の香油かパウダーですから。
同じもの使っていてきっと慣れているだけですから!
「ぐわっっ!」
し、舌入れてくるってどうよ?
耳掃除、いつしたっけか?
じゃ、なーくーてー!!
本当に、免疫無いから止めて欲しい。
なんかもう、鼻血出そう。
両腕を王太子の胸に突っ張り、渾身の力で引き離そうとする。
「ま、ままま待って、ストップ! 終了!」
筋肉質の身体はビクともしない。
服の前をギュッと掴もうが押そうが放してくれない。
そうかと思えばその手をパッと取られて口づけられる。顔を上げた王太子の濃い青の双眸が穴のあくほど真剣に私を見つめている。吸い込まれそうな瞳に視線が逸らせない!
「やめないよ。私の前で他の男を褒める君が悪い」
何で? 何で色仕掛けも何にもしていないのにコレットさんのアドバイス通りに? あ、悪い方のだけど。
「それに、これも気に入らない」
「わっっ!」
そこはさっき蜂に刺されて手当をしてもらった所。
右肩の首のすぐ横に軟膏を塗って布を当ててもらっていたのに、いきなり剥がされた。
「蜂に刺されてしまったと、ルチアから聞いた。君の白い肌に傷をつけるなど言語道断だ。全て駆除し、花壇の花も引き抜こう」
「そんな大げさな!」
おいおい、蜂にまで怒ってどうすんの?
花にも罪は無いような。
それに幸いジュール様の手当てが早かったから、刺されたとはいえそんなに腫れずに済んだんだよね。さすがはジュール様、不慮の出来事にも慣れてらした……って、褒めたらいけないんだった。
「ちょうどいい。もう一度消毒しておこう」
「うわっっ」
綺麗な顔が再び近付き、唇が肩を這う。
ちょうど良くないし。
消毒って言ってもそのまま舐めてるだけやん!
軟膏塗ってるから美味しくないし、さっきからいったい何考えてるんだ?
「くすぐったいからもう止めてーーっ!」
絶叫しながら兄にしたのと同じように銀色の髪を引っ張った……のに。く、くじけてない! それどころか屈んで下に下がったのを良い事に――ちょっと、おい、お前どこ触ってんだ!
ドレスの上から大きな手でいろんな所を触られる。
どうして良いのかわからずに、何だか泣きたくなってきた。
「もう、無理無理無理。わかったから~~!!」
思わず涙目でフルフル震える。
いきなりこんなの――
囮の時はあんまり手は出さなかったのに、終わったはずなのに、どうして?
「ああ、セリーナごめん! 泣かせたいわけじゃなかったんだ。ただ……」
顔を上げ、困ったように自分の首の後ろに片手を当てて悩むような様子を見せる王太子。
謝りゃ良いってもんじゃねーよ!
顔や肩書で今まで許されてたかもしんないけど、今のは完全アウトだろ! 好きなヤツがいるのに手近な女(一応)に手を出すっておかしいだろ!
「こんの、どスケベ! 私はお前の所有物じゃねー!」
ガッッ
拳に手応えを感じた。銀色の髪が揺れる。
あり? いつもなら簡単に避けられるのに、何で?
私自身動揺していたからそこまで力は入っていないと思うけど。でも殴られりゃそれなりに痛かったはずだ。何で今日に限って動かなかった?
ちょうどワンパン入った所、王太子の頬が赤くなっている。真顔だし、何も言わずに見下ろしているから余計に怖い。
わ、わわわ、私もしかしたら今度こそ『不敬罪』で牢獄行き!?
「ご、ごめんなさいっ。死刑にはしないで~~っっ!」
言いながら扉を開けて一目散に逃走した。
*****
「ふふ、やっぱり可愛いな」
慌てて逃げる姿さえ愛おしい。
彼女に触れていた親指で口の端を触りながら考える。
少しだけ切れてしまったようだ。
白い手袋に赤い血が滲む。
それほど痛くはなかったが。
オーロフが大切に育てていたせいか、男女の駆け引きに慣れていないのがよくわかる。まさか、触れている最中にまったく色気の無い声を出されるとは思わなかった。
まあ、そこも面白くて良いんだけど。
握った手を口元に当てクスクス笑う。
予測ができないからこそ可愛らしいし興味深い。
一筋縄ではいかない特別な君。
もう、手放せそうにはないな。
――だけど、せっかく人払いをしておいたのに。
今までかなりの時間を費やして優しくしていたつもりだった。
まだ足りなかったんだね?
もっともここで最後までいく気は無かったけれど。
可愛い妹の期待にも応えないといけない。
ルチアはセリーナを気に入っているから、何かと協力してくれる。
今度の件も「お姉様が了承してくれた」と嬉しそうに耳打ちされた。
王太子である私が少しでも一緒にいたいと願い、機会を作ろうと必死だなんて……
我ながら余裕が無くて笑える。
『執着』と言われても構わない。
誰かをここまで欲した事は無かった。
ずっと傍にいて私だけを見て欲しいと願った事も。
けれど、彼女自身が理解していない。
ここまで相手にされなかった事は初めてだ。
ただ……周りもうるさくなってきた事だし、早めに手に入れないと。
真っ赤になって震える姿や怒った顔、泣き顔ですら愛しい。
女性らしい身体の曲線は成熟した大人の姿。けれど中身は純真で、優しく素直な子供のよう。
今まさに花開こうとしているのに、まだ誰にも踏み込ませていないとは。
本当に魅力的で、心を惹かれてやまない。
――それにしても、一国の王太子にどスケベとはね?
思い出してクスリと笑う。
わざと拳を避けなかった私を見て、目を丸くした姿も可愛かった。慌てる様子もおかしかった。
頬の痛みは数日で消えるが、手を上げた記憶は消えない。殴られた私よりも、殴った君の方がきっと気にする事だろう。
だから敢えて躱さなかった。
「死刑にはしないで、か」
ずっと、私の事を考えて悩めば良い。
思い出して何度も後悔すれば良い。
無論、それだけの価値はあるから。
早く私だけのものになれば良いのに。
さあセリーナ、次はどう攻めようか?




