VS ヴァンフリード
心臓バクバクで一時はどうなる事かと思ったけれど、グイード様に続けて王太子が出て行った後の部屋はなごやかだった。といっても私はもっぱら食べる方!
ルチアちゃんもさすがは王女様で、完璧なマナーでしばらくはお茶を楽しんでいた。ああ、途中からは大好きなお兄さんの良い所をたくさん話していたような。
「お兄様、とても博識ですの。先日も政治学者を言い負かしておりましたわ!」
「お兄様、それほど鍛えているようには見えないのに槍の腕は叔父様と互角ですのよ」
「お兄様、ああ見えて甘い物がお好きですの。でも、特に好き嫌いはありませんから安心でしょう?」
一方、私はどれから食べれば全種類制覇できるかと考えるのに忙しく、適当にしか話を聞いていなかった。でもまあ平和だし、お城の食事はやっぱり美味しいしで大満足だ。
「……で、とっても人気がありますの。せっかくですからご一緒にいかが?」
「ん? ああ、いいんじゃない?」
当然、何を言われたのかわからないので相槌も適当に打っておいた。
「素敵! 今からとっても楽しみですわ」
「ふえ? ルチアちゃ……姫様今なんておっしゃいました?」
やべ。全く聞いてなかった。何が楽しみなんだ?
「え? ですからお姉様にご了承いただいた海の件、とっても楽しみにしておりますわ」
「えと……ごめん、最後ちょこっと聞き逃しちゃったみたい。詳しくお願いできます?」
全然聞いてなかったって言ったら可哀想だし。まあ、最後の方だけ聞けば大丈夫かな。
「あら、いやですわ。先ほどご了承いただいたばかりですのに……。ですから、視察の帰りに海に行く話、お姉様もご一緒できるのですよね? その日は海の近くにある別邸に泊まれば良いですわ。とてもきれいで人気のある所ですのよ」
「あ、ああごめん、そうだった。海、海ね。大好きですわ」
それは本当。潮風を感じながら海沿いをバイクで飛ばすのが好きだった。
「良かった! じゃあ早速手配させますわね!」
「でも、視察って事は公務でしょう? それなのに部外者の私が付いて行っても大丈夫なの……ですか?」
「あら、部外者じゃありませんわ。何ならお兄様の婚約者という事でいかが?」
まさかルチア姫、囮の演技を本物だと勘違いしちゃってるんじゃあ? もうとっくに終わった話だし、お役御免だよ。 あ、もしかしてさっき執務室に呼ばれたのってバイト代? 囮で犯人逮捕できたから特別ボーナス支給とか?
「いやいやいや、それは無いから。侍女とか女官としてならまだしも……です」
「侍女……考えてみますわね」
何を? ルチアちゃん、元囮がくっついて行くなんておかしいでしょ。無理して連れて行かなくて良いんだからね?
「ふふ、とっても楽しみですわ!」
すっかり満腹になったところでルチアちゃんに王太子の執務室とやらに案内された。
大きな窓を背に白くて大きな机がデーンとあって、金箔かなんかの飾りが付いている。壁は本やら書類やらがびっしり。反対側のおしゃれな壁には地図やタペストリーなどがかかっていて、その前にはやっぱり高そうな長椅子が置かれている。他にも応接セットや一回り小さな机や椅子などが置かれていて、まあとにかくお金がかかって高そうな部屋だった。
「呼び立ててすまないね」
机の前に立つ王太子の髪は、窓から差し込む夕日のせいでキラキラしている。彼に近付き何事かを耳打ちするルチアちゃん。美形二人が並ぶと絵画のようで、見ているだけでお腹いっぱい。何だか得した気分だ。
「ではお兄様、私はこれで。お姉様、どうぞごゆっくり。ごきげんよう」
あれ? ルチアちゃんもう帰っちゃうの?
条件反射で王女にお辞儀をしたものの、パタンと閉まる扉を見てびっくり。一緒にいてくれるんだと思っていたのに。
「ふふ、セリーナ。ここでは私と二人きりだから気を楽にするといい」
いや、余計に緊張するのですが。何で誰もいないの? 何でここに呼ばれたの?
囮の時はちゃんとわかっていたから良いけれど、今の私はこの後どうすりゃ良いのかわからない。
さっき国境沿いがどーたらとかで慌ただしかったし、まだ忙しいと思うから聞くだけ聞いたらさっさと帰ろう!
「あの、ご用件は……」
「ああ。君に聞いておきたい事があってね」
言うなり王太子がデスクを回ってこちらに近付いて来た。さっきはいきなり口の端を舐められたので、さすがにちょっと。思わず身構えてファイティングポーズを取ってしまった。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ? まあ君が是非、と言うならこのまま手を出しても構わないけれど」
「あーのーね~……」
言いかけて止めた。だって、コレットさんのアドバイスを思い出したから。
『コレットさんのアドバイス VS ヴァンフリード その1
王太子は好きな人には徹底的にこだわる。他の人にはあまり興味なし』
そうだった。さっきルチアちゃんも「兄は心に想う方ができた」みたいな事を言っていたから、その人だけが気をつければ良いんだった。って事は今のもきっと冗談。興味がないのに甘い仕草とセリフを言ってしまうのは、もしかして叔父のグイード様の影響?
安心して構えていた手を下ろし、王太子と向き合う。深い青い瞳が私の様子をじっと見ている。
「……それで、ヴァンフリード様が私に聞きたい事とは何ですか?」
首を傾げて聞いてみる。わざわざこんな所に呼び出してまで聞きたい事って何だろう?
「ヴァンでいいよ。君と私の仲だろう? セリーナ、今日はどうしてここへ?」
どんな仲だろ。囮仲間かな?
「えっと……ジュール様が個人レッスンをして下さるとご連絡をいただいたので。彼のお休みの日に合わせて来ました」
別に内緒にしているわけでは無いから、正直に答えてもいいよね? それとも公務員はダメなのか?
「彼?」
「あ、馴れ馴れしかったですね。じゃあジュール様、で」
「ジュールが個人的に教える、と言ったの?」
あれ、やっぱダメなの?
「あの……私が無理にお願いしたので仕方なく、だと思います。優しい方ですので」
公務員はバイト禁止?
でもお金は払ってないから大丈夫だよね。
「ジュールが優しい? 君から彼に頼んだ、という事かな?」
「はい」
頼んでくれたのはルチアちゃんだけど、言い出したのは私で稽古をつけてもらってるのも私。だから、それで合っているはずだ。
「じゃあ、さっきはどうしてグイードと一緒にいたの?」
何だろう尋問されているような気がしてきた。
それになんかちょっと怒っているようにも見える。
「ジュール様が会議に呼ばれたので、外をぷらーっとしてたらグイード様がいらして城内に誘って下さいました。親切にしていただき、助かりました」
私が汗臭かったからつい礼儀として誘ったのかもしれないけれど、そこはナイショ。
「グイードが親切? 彼が親切にするのは。下心がある時だけだ。関心が無い時は笑って素通りする」
「そんな事は無いと思います。 だってお二人とも紳士で、すごく優しくして下さいましたもの」
蜂に刺された後、助けてくれた。
お腹空いたと言ったら、食べ物くれた。
なのに突然、ヴァンフリードに腕を掴まれ、顔を覗き込まれてしまう。
「そう、君は彼らの方が良いの。この私よりも?」
「はい?」
何でそうなる。その発想はどっから来た?
王太子、まさかの負けず嫌い!?
その時、急に思い出した!
『コレットさんのアドバイス VSヴァンフリード その2
色仕掛けはひたすら甘い言葉を囁くように。彼の前で決して他の男を褒めてはいけない!』
ありゃ、でもちょっと待って!
別に色仕掛け実行していない。
というより、王太子にも「想う方ができた」ってさっきルチアちゃんは言ってたよね。それに本人もこの前「私には手放せない女性がいる」って言っていた。なのにこれってどういう事!?
掴まれていた腕をそのままグンと引っ張られ、よろけた拍子に王太子の胸に倒れ込む。彼の強い力でガッシリ捉えられた私は、身動きができない! 手袋をはめた彼の手が頭の後ろと背中に回り、髪には唇の感触が。
ど、どど、どーしました?
何がどーしてそうなった?
ぐるぐる回る頭で考えてみても、わからない。
髪に押し付けられた唇が、顔の横まで下りてくる。ヴァンフリードが私の耳元に唇を寄せ、少し掠れた声で囁いた。
「セリーナ、君が誰のものなのかわからせないといけないね」




