VS グイード
蜂に刺されるって、思ったよりも痛い。
ジュール様が毒を吸い出して下さらなかったら、もっと困った事になっていたかも。
それにしても、いいタイミングでグイード様が呼びに来て下さって良かった。どんなに若く見えて可愛らしくても、ジュール様は兄と同い年でしかも男性。力もスピードも全くと言っていいほど敵わなかった。あれはきっと、首都圏を束ねる総長クラスよりも強いだろう。もしや全日本チャンピオン? それなら、更にその上のグイード様は世界チャンピオン? その上って無いよね。ラノベの世界だからか、強いやつらがゴロゴロいて私はあんまり活躍できる気がしない……
軍人は諦めて自警団? 荷物持ちとか馬屋番ならどうだろう? ハッ、まさか兄様、将来私が職に困らないようそのつもりで馬の世話を私に!? まあでもその前にちゃんと恋愛しないと私、死んじゃうみたいなんだけど。
コレットさんに教えてもらった色仕掛け、効いているのかいないのか。そもそも色仕掛けって『色っぽい』って事だよね? それだけで男の人がメロメロになって何でも言う事聞きたくなっちゃうような。だから、メロメロにさせておいて、「付き合って下さい」「はい、喜んで!」って感じになれば良いと思う。そこからメール……はできないから交換ノートで時々手をつないで、どっか広い所で「好きだーーー」って叫べばカップル成立? で、映画や遊園地……はないから、どっかでデートして。でもこの世界、みんなどこにデートに行くんだろう?
チームの仲間は硬派で、どこぞのアイドルグループじゃないけれど『恋愛禁止』の掟があったから、誰も恋愛に詳しいやつはいなかった。でも少女マンガは時々読んでいたから、壁ドンとかハグなんかは知っている。「高校ってスゲー、いつ勉強してんだ?」って思った事も実はある。でもあれは、たぶんマンガだから。
現実にあんなイケメンわんさかいないと思うし、恋とか愛だのでいつでも大騒ぎしていたら、全員赤点とかいうやつで、卒業だってできていないと思う。なんたって高校の勉強難しそうだし。
ま、そんなわけでマンガで得た『モテ知識』と『コレットさんのアドバイス』をフル活用して頑張ってはいるんだけど……
義兄には好きな人がいるようだし、ジュール様は顔の作りが可愛くて何だかいけない事をしているよう。そもそも自分よりも可愛らしい人と恋愛するってどうよ?
イケメンに興味は無いし、そもそも免疫すらない私。
そんな私が一日も早く恋愛の相手を作ってベタベタしなくちゃいけないなんて、かなりハードル高いんだけど。
残るヤンデレ君はあと二人。
王太子と王弟様。両方とも身分が高いし狙っている女性達が多くて競争率高そう。
もしかして私、このままいけば殺される運命まっしぐら!?
「セリーナ、こんな所にいたのか。ゆっくり話すのはこの前の舞踏会以来?」
「グイード様!」
ジュール様に自分から稽古をお願いしていた手前、勝手に帰って良いのかどうかもわからず外をウロウロしていた私。グイード様とはさっきも会ったから、今みたいな場合は何て言えば良いんだろう?
先ほどはありがとうございました……だと変だし、助かりました……もジュール様に失礼だし。
「ええっと……ごきげんよう?」
令嬢向け万能の言葉を使ってみる。
とりあえず挨拶全般に使えるから、とても便利だ。
「ああ。素敵な君に会えたのは望外の喜びで、確かに機嫌は良いね」
すっげー。挨拶一つを褒め言葉に変換できるとは。
モテる男はさすがだ!
でもここで気の利いた返事を期待されても困る。
国語の成績あんまよくなかったし。
「まあ、グイード様ったら(棒)」
ほらね? 自分でもびっくりするぐらいの棒読みになってしまった。
「セリーナ。ジュールは用事でまだ当分かかりそうだから、その間は私が代ろうか? ああ、そうか。君は激しい運動で疲れているようだね。湯の用意をさせた方が良さそうだ」
そう言うと、私が答える前に彼は近くにいた従者らしき人物に何事かを命じた。確かに、激しい動きで汗をたくさんかいたから、お風呂に入れれば最高! だけど、着替えがないんですが。
それにすぐに湯の用意って言ったって事は、もしかして私、泥だらけで汗臭かったんじゃあ……
恋愛するどころかマイナスからのスタート。
女子力皆無の私だから、いくら口説くのが趣味で女性全般OKのグイード様相手でも、道のりはなかなか厳しそうだ。
「どうした? 百面相をして。どんな顔でも君は綺麗だが、何かあるなら私に相談してごらん?」
城に向かう道すがら会話する。
一応汗臭いと言われないよう、ちょい離れて歩く。
でもさっすが大人の余裕。というかいちいち褒め言葉を挟んでくるあたり、くすぐったくてしょうがない。ある意味すごいな。でもこれも、イケメンだから許されるのか? 普通の男が「君は綺麗だ」とか言ったら「うげ」ってなるもん。
「いえ、特には。ただ、着替えを持ってきていないのでどうしようかと思いまして……」
「城内に予備はあると思う。けれど、男の前で君の着替える姿を想像させる物言いはどうかと思うね。誘っているのではないよね?」
「あ」
「ハハハ。正直な所は君の美徳だが、今後そう言う事は女官に質問すると良い。私は着せるより脱がせる方が得意だから」
「…………!?」
はい? 今この人サラッとすごい事言っちゃったよ。セクハラなのにセクハラっぽく聞こえない所がすごい! びっくりして、1メートルほど飛びのく。
「ああごめん。君はこういう会話には慣れていないんだったね。ヴァンにはまだ手を出されていないの?」
いやいやいや、おかしーでしょ。
何にもないけど、もし出されていたとしても「はい、出されています」って正直に答えるヤツはいないと思う。これがあれか? いわゆる『気の利いた大人の会話』ってやつ? でもまだそこまでレッスン進んでないんだよね~。
「答えにくかったか。じゃあ質問を変えよう。君はヴァンフリードの事をどう思っている?」
何でヴァンフリード?
ああ、そうか。グイード様は叔父さんだったっけ。いくらチャラくてモテ男でも、甥っ子の様子が気になるのかも。何を聞かれているのかよくわからない。確かにこの前までは囮で一緒に行動していたけれど、今はもう赤の他人。どう思っているかと言われたら……
「……王太子、様だと思っています」
一瞬足を止めて真顔で私を見た王弟グイード様。次の瞬間――
「ブハッッ!! ハハハハハ」
何がおかしかったのか、大笑い。何で?
「フフフ、こりゃあいい。ヴァンが何もできないわけだ。くっくくく……」
彼のツボはよくわからない。
でもまあさっき自分でも「機嫌が良い」って言ってたから、ここに来るまでにきっと何か良い事があったんだろう!
お城のお風呂サイコー!!
贅沢な香油と良い香りのパウダー。石鹸も高級品だし、たくさん使っても怒られないし。グイード様は大人な対応で、着替えの事もちゃんと女官に頼んでくれていた。客間のお風呂を用意してくれた後も、私室に招くこともしないし私と二人きりになるような愚は犯さない。私がさっぱりして身支度を整えるまで、ちゃんと別室で待って下さっていた。まあそれだけ、女性の扱いに慣れてるって事なんだろうけど……
「セリーナ、湯から出た君は、ますます良い香りがするね」
そう言って私の髪を一房持ち上げると、唇に当てた。
ど、どどどどーした?
あの、それって私の香りではなくお宅の香油の匂いですから。
あとは、優秀な女官さん達の働きのおかげ?
そう言ったのに、ますます面白そうな顔をして笑われただけだった。
『コレットさんのアドバイス VS グイード
彼は頼られるのが好き。大人だし、安心してリードしてもらえばOK』
ふと思い出したアドバイス。でももう散々頼っているしお世話になっているから、これ以上どうしろと? ああ、そうだ!
「グイード様、ご迷惑をおかけしたついでにあと一つだけお願いしても良いですか?」
「ああ、何なりと。美しい淑女の頼みを聞くのが騎士の務めだからね」
嫌、それは違うだろ。ちゃんと国を護ってくれ。
というツッコミは置いといて……
「食堂の場所を教えてください。お腹が空きました……」
「ブフッッ」
アドバイス通りにしているのに『恋愛』からどんどん遠ざかっているような気がするのは、なぜだろう?




