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飛竜騎士 グイード

「一生を添い遂げたいと思う女性(ひと)が現れた場合、躊躇(ためら)ったりしてはダメよ?」


 それが、線が細く美しかった私の母の遺言だった。

 まだ小さかった私は、病の床につく透き通るような白さの母の言葉を(あが)めるように聞いていた。私の母は側室。いつも正妃に遠慮をする日陰の身だった。そんな母が死の間際に残した言葉は、幼い私に鮮烈な印象を残した。



年の離れた兄は正妃の息子。私は側室の息子。けれど成長して物心がつく頃には、見た目のせいか肩書のせいか放っておいても女性が寄ってくるようになっていた。無論男だし嫌いでは無かったから、誘ったり誘われたりと自由気ままな恋愛を楽しんでいた。


騎士は女性に好まれるし、プライベートでは城下町にも自由に出かけられる。そんな生活が私には意外と合っていたようだ。もともと槍術が得意だったこともあって、あっという間に騎士から飛竜騎士へと駆け上った。


 当時王太子であった年上の異母兄に遠慮していたというのもある。私が王座に興味がないと示し醜聞を立てれば立てるほど、王にふさわしいのはやはり異母兄だと噂される。外敵や私を担ぎ出そうとする者達から身を守るためにも、女性と見れば褒め、口説き落として色事に耽る。それが私の習慣となっていた。


 気楽な関係は楽しい。けれどそんな付き合いを繰り返していた結果、気づけば私は今年で27歳になる。


 そんな時、一人の女性と出会ってしまった。

 彼女の名前はセリーナ。真っ白な肌と水色の髪。煌めくエメラルドの瞳でまだあどけなさの残る綺麗な女性だった。彼女は七歳下の甥、現王太子であるヴァンフリードのお気に入り。本来なら想いを寄せてはいけない存在。


 けれど――




 馬上槍試合を模した演習の時に初めて彼女を見かけた。ちょうど甥のヴァンと対戦していた時だ。

 彼は柔和な顔をしていながらなかなかスジが良い。王太子でなければ、是非我が飛竜騎士団にスカウトしたいところだ。


そんな私達の様子を見学していたのが彼女だった。演習終了後に可愛らしい子だなと思い、ついいつもの癖で微笑みかけた。だが、彼女は演習の方はキラキラした瞳で見ておきながら、終了後の私や甥からは慌てて目を逸らした。照れているわけでも無さそうだった。自惚れるわけではないが、その反応は女性としては非常に珍しい。




 次に会ったのは城の舞踏会。

 可愛い甥の執心する女性をからかってみようという軽い気持ちからだった。ちょうど囲まれていた女性の輪が途切れた事もあって、テラスにいる二人に近付いた。その時もいつもの気安さから甥の話を遮った。


「……貴女のお名前を耳にする栄誉を、私にお与え下さいませんか?」


 彼女はどちらの行動を取るだろう?

 真っ赤になって自分の名前を呟くか、突然現れた私に驚いてヴァンフリードの背中に隠れるか。そう思って観察していた私に放たれたのは、予想もしていない言葉だった。


「バッカじゃないの?」


 すぐには信じられず、礼儀として聞き間違えたフリをした。けれど彼女は続けた。容姿に似合わない男っぽく辛辣な言葉で。


「……わざとらしい笑顔で薄っぺらい世辞をペラペラと。良い大人なんだからわかるだろ? どう見ても今、話し中だったよな。その話を遮ってまで話そうとするあなたの言葉に、そんなに価値があるのか?」


 頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。未だかつて女性からこのような扱いを受けた事は無い。

 と同時に王太子である甥が、自分の事を第一に考えてくれる女性を私より先に見つけていた事に、激しい嫉妬を覚えた。私は未だに理想の女性と出会っていないというのに……


 ヴァンが優しく(たしな)めるように私の身分を明かすと、彼女は途端に狼狽(うろた)え出した。何だ、私の事を知らなかっただけか。私を知らない者が、まだ貴族の令嬢の中にいたとはね。

加えてまだ甥とはそこまで深い仲でも無いらしい。笑ってごまかそうとする彼女が面白くて、つい抱き締めてしまった。

 

「グイード様、先ほどは何も知らず大変失礼な発言を致しました……」


 彼女はすぐに自分の非を認めた。

『無知の知』という言葉がある。

 自分の無知を知る者は、自分が賢いと思う者より尊い。

 だから無礼は許すつもりでいた。驚いたのは、彼女がさらに続けた言葉。


「……お詫びに後日、何でも致しますので」


 気づけば「男にそんなセリフを言ってはいけない」と、柄にもなく窘めてしまっていた。私にしては珍しい。いつもなら「じゃあ――」と続けるのだが。

 甥のヴァンフリードは当然怒っていた。

 感情を出す彼はとても珍しい。

 このままだと彼女が責められて可哀想なので、あっさり引くことにした。興味は尽きなかったけれど。





 三度目に会ったのは、誘拐された令嬢を救出した時。

「飛竜を出して下さい」と頼みに来た甥の首席秘書官オーロフの様子を見て、ただ事ではないと感じた。すぐに甥もやって来て、同じように必死で頼んだ。そして私は、その時初めてセリーナが誘拐された事を知った。


 飛竜を出すのは構わない。

 救出自体空からなら容易いだろう。

 けれど、怯えている女性たちをどのように助け出す? 彼女自身が傷ついていないなどとどうして言える?


 目的地に急降下すると、真っ先に水色の髪を探した。彼女は男に捕えられていた。近づく私を見ている。怯えているのか泣いているのか。それとも……

 

 またもや予想は裏切られた。

 私はわが目を疑った。

 遠目だがはっきり見えてしまった。

 彼女は令嬢らしからぬ勢いで、何と自分を捕えていた男の股間を蹴り上げたのだ!


 抵抗の跡が残る破れたドレスを着た君が、なぜか一番美しく見えた。傷つけられた背中もむき出しの脚も痛々しく、庇護欲を掻き立てられた。だけど一番傷を負っている君が、私に告げたのは――


「……私よりもあちらのご令嬢の方がずっと前から囚われていて辛い思いをされています。どうか彼女達の方を先にお助け下さい」


 戦場においてもそうだが、人はヒドイ状況に置かれた時ほど本性が出る。彼女は自分よりも他者を優先させて欲しいと願い、突然現れた我々に怯える他の令嬢達をなだめ始めた。



 セリーナ、それが君の本性?

 自分より他人を優先しようというのか?

 会う度に違う姿を見せる君。

 素直で強く優しい君。

 これ以上私の心を揺さぶって、どうしようというのだろうか。


 先に身体が動いていた。

 細い身体を抱きしめて、側にいたいと願う。


「君は私が送っていく。私が君を傷つけさせない。二人だけで帰ろう……」


 疲れていた君は、ぐったりしていて私のなすがまま。そんな君を誰の手にも届かぬ所へ連れて行き、閉じ込めてしまいたい――




 母の言葉はこれだったのか。

 一生を添い遂げたいと思ったのは、後にも先にも君だけ。

 多数の女性と浮名を流し軽い関係を楽しんでいた。

 でも本当は、私はいつでも『たった一人』を探していた。

 



 それからも君は私を驚かせた。

 誘拐事件の幕引きに、『攫われた事自体、無かった事にしてしまえば……』そんな提案は、常識では考えられない。しかし君の考えなら当然、聞く価値はある。

 案の定、君は他人を思いやっていた。

 ケガをした自分よりも。


 これ以上君を好きにさせてどうする?

 こんな事は初めてだ。

 自分より十も年下の女性に心惹かれて止まないなんて。


 初めて甥を羨ましいと思った。

 身分では無く、若さを。

 彼女と近しい年齢に私もなりたい。

 けれど誰が相手でも構わない。

 こんなにも欲しいと思った相手は初めてだから。

「躊躇ったりしてはダメよ」

 母の言葉が今ならわかる。




 セリーナ……早く私に堕ちておいで。

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