VS ジュール
お待たせしてしまってすみません( ; ; )
いつも読んでくださって本当にありがとうございますm(__)m
そう思っていたはずなのに、意外とぐっすり眠れた。朝の目覚めもスッキリだ。そういえば今日はジュール様に稽古をつけてもらう日だっけ。
以前、ルチアちゃんとの話の中で「騎士っていいな。剣術や体術に興味があるし憧れる」と言ったところ、ルチア王女が「それなら個人レッスンをしてもらえば良いですわ!」と言い出した。後からよく考えたら、『城にいる騎士は公務員みたいなもんだから、一般の個人のために時間を使わせたらダメじゃないのか?』って気付いたんだけど。
その時はよく考えもせずに「誰かに指導してもらいたい」とわがままを言ってしまった。でもなぜかその希望が通ってしまい、近衛騎士で副団長でもあるジュール様が直々に教えてくれる事になった。しかも、わざわざ彼の休日を削って……。
ジュール様、なんて優しくて良い人なんだろう! そのままボランティアで私の事を好きになってくれないかな?
義兄のオーロフには好きな人がいるようだから、そろそろ私のお守りからは解放してあげないと。『お仕置き』は実は趣味なんじゃないかなと密かに疑っているけれど、それならそれは私ではなく好きな人にすれば良いと思う。特に昨夜みたいなのは義妹とはいえドキドキしてしまうから心臓に悪い。
とっくに出かけた義兄とは顔を合わせて気まずい思いをすることも無く、城に着いた。指定されたのは騎士団の宿舎近くの花壇。場所がわからないから色んな人に聞きまくったけれど、動けるように簡単な恰好で来たからか不思議そうな顔をされた。
何とかそれらしき建物にたどり着き、花壇のそばで待っていた。騎士や見習い達に通る度にジロジロ見られる。おかしいな。使用人の男の子に借りたとはいえ、パンツ姿は我ながら似合っていると思うんだけど……。水色の長い髪も黒いリボンで結んであるから準備は万端! のはずよね?
「お嬢さん、こちらに何かご用ですか?」
物腰の柔らかな青年に尋ねられた。正直に言っても良いのかな?
「ええ。あの、約束がありまして……」
「ガイ、その子は僕のお客だ。少し外す」
ちょうどやって来たジュール様が言ってくれた。白いシャツに緑のパンツを合わせた私服姿の彼は、今日も若く見える。
「ああ、ジュール様の彼女でしたか……失礼しました」
いや、違うけど。でもジュール様は何も言わない。そういう事にしておいた方が何かと便利なのかな? 何たって私、部外者だし。
ジュール様はただ頷くと、私を庭のような所に案内した。手ぶらだし、まずは体術の訓練かしら?
「教える前に君の身体能力を把握しておきたくてね。ああ、それと。今度からこちらに来る時は上着を着てきた方が良い。身体のラインが丸わかりだよ?」
あ、そうか。こっちではピッタリした恰好はダメなんだったっけ。あんだけドレスピラピラでコルセットギュウギュウで胸を持ち上げているにも関わらず、こっちの恰好の方がダメだなんて不思議だ。まあ確かにこのブラウス、布を巻いたとはいえ胸の部分がちょいキツめだったけど。
柔軟体操みたいなものの次は脚を上げて高さを見られたり、振り向きざまに組手? のようなものをさせられたりと、本気で教えてくれる気があるようだ。時々角度を変えるために身体を触られたりもするけれど、純粋に動きを見るためだとわかるから嫌な感じはしなかった。
「うん。思った通り、君の能力は女性としてはかなり高いようだ」
「女性として……一般男性には勝てませんか?」
「僕は一般男性を知らないからね。毎日訓練している騎士や兵士の姿しか見ていないから。ああ、甘やかされた貴族の子息に勝てるかという意味なら、そうかもね」
その程度ですか。わかっていたとはいえ、がっかり。あわよくば騎士や兵士になりたかったんですけれど。
「まあ、これからの鍛え方次第ではかなりイイ線いくと思うけど。でもオーロフはこの事を知っているの?」
ヤバ、兄には何も言っていない。
焦った私の顔を見てわかったのか、ジュール様が言葉を足す。
「そう。まあ彼が知っていたら君はここにいないだろうけどね」
あら、意外にも納得されている。
怒られなくて良かった!
「じゃあ、始めようか。今日は初日だから軽くね。 好きなように僕にかかってきて? もちろん、遠慮は要らない」
それは好都合。久々に暴れてスッキリできる!
私は舌でペロリと自分の唇を舐めると拳を固め、地面を蹴ってジュール様に飛びかかった――
「ハア、ハア、ハア……」
しばらくして――
私は芝生の上に大の字に転がって、必死に息をしていた。動き過ぎてかなり苦しいし、ブラウスも汗でベッタリ張り付いて気持ちが悪い。
「何だ、もう良いの? もう少しいけると思ったんだけどな」
イヤイヤイヤ、無理でしょう。体力無いし日頃鍛えていなかったから。隣に腰を下ろすジュール様にジトンとした目を向ける。爽やかに微笑む彼は、汗すらかいていないように見える。
たくさん繰り出したパンチもキックも、全て避けられるか止められるか。攻撃されなかったのが幸いだったけれど、やはり彼は強かった……。
疲れ過ぎて指一本上げられない。全く動く事の出来ない私を見て、ジュール様なぜか嬉しそう。さらに追い討ちをかけるように、突然首の付け根にチクンと刺すような痛みが。
「痛っっ!」
あまりの痛さに思わず飛び起きてしまった。何だったんだ、今の?
「ミツバチかもね? さっき飛んでいたし。いったん離れようか」
ジュール様に支えられながら移動する。離れるって何で? というよりハチに気づいていたなら教えて欲しかった。痛みで涙目になりながら、彼を見る。ふと、コレットさんの言葉を思い出した。
『コレットさんのアドバイス VS ジュール その1
ジュールは素直な子が好き。なるべく逆らわないように』
「セリーナ、そのままじっとしていて」
アドバイスを思い出し、そのまま動かないようにする。すると、ジュール様が私の首に顔を近付けてきた。刺された場所に唇を当て、毒を吸い出してくれている。
「痛い――」
「我慢して。もう少しだから」
ジュール様が吸い出した毒を地面にペッと吐き出す。私は大きなケガには強いくせに、注射とか小さな痛みは苦手だ。歯を食いしばるけれど、どうしても涙が溢れてくる。
「終わったけど……。ああセリーナ、そんな顔をして僕を誘っているの?」
はいい!? 何でそうなる?
『コレットさんのアドバイス VS ジュール その2
ジュールは泣き顔が好き。弱った顔も大好物。『色仕掛け』は特に必要ない』
そうだった。コレットさんが言うにはこの人ちょっと変態さんだった。身体を動かすのに夢中で今の今まですっかり忘れていた。なのに、私の肩に手を置くと可愛らしい顔を近づけて来る。
あ、金髪の人ってまつ毛も金色なんだ。水色の自分の事は棚に上げ、そんな事を考えてしまった。
唇が近づいてくるのがわかった瞬間、思わず固まってしまった。ど、どどどどーしたら良いんだ? こういう場合。
「ジュール! 非番だとはいえなかなか戻って来ないと思ったら、こんな所にいたのか」
ジュール様の後ろから、突然低めの渋い声が響いた。この声は……
「「グイード様!」」
思わずハモッてしまった。見れば背の高い彼が、黒い軽量鎧のままこちらに近づいて来ている。思わず目を見合わせると、ジュール様は軽く肩をすくめた。
「ジュール、緊急の要件だ。問題が発生したため急遽会議となった。先に行って待っている」
「かしこまりました。けれど、そんな事を僕に言うために貴方がわざわざこちらへ?」
「ジュールが水色の髪の女性と消えるのを見た者がいたからかな? 貴殿は手の早い方では無かったと思うが」
「あなたに言われたくはないですね。でも会議の件、了解いたしました。着替えてすぐに向かいます」
もしかして私、助かっ……また『恋愛』するのに失敗してしまった?




