VS オーロフ
お待たせしてすみませんm(_ _)m
「コレットさん、まとめて教えてくれたのは良いけど覚えきれないや。こんな事なら紙にでも書いてもらえば良かったな。『ラノベ』売ってたら即買いして確かめるのに……」
全部を覚えられなかった自分の頭は棚に上げ、私はぶつぶつ言っていた。せっかくだから覚えたての『色仕掛け』を試してみようと、屋敷の中を兄の姿を探して歩き回っている。なのに「城での仕事がお忙しいのでしょう。まだお帰りになっていらっしゃいません」とやんわり自分の部屋に戻るようにと執事に言われた。
「早く帰ってくれないと忘れちゃうのに……」
まあ、兄がダメでも王太子とかグイード様とかジュール様のポイントを習っておいたからそこそこイケると自分でも思うんだけど。そんな事ぐらいで本当に好きになんてなってもらえるのかな? ちょっとお手軽過ぎやしないかい?
「セリーナ、そんな恰好で! 淑女がはしたない事!」
やべ。お母様に見つかってしまった。
今の私は夜着といわれる薄手のパジャマを着て、下になんとかって言うかぼちゃパンツみたいなのをはいている。こんなセクシーさの欠片もないかっこうで『色仕掛け』もへったくれもないもんだけど、「この世界ではこれが普通」ってコレットさんが言うんだからしょうがない。まあ結婚したら既婚者は、寝室の中ではすんごい姿でも良いらしい。知らないけど。
けれど真っ先にお母様に見つかった私はそのまま連行されてしまった。一番近い部屋であった書斎へと引きずり込まれ、ガミガミ言われている。兄が遠慮をしないせいか、最近は両親も思った事を口にするようになってきた。
まあ、病弱なセリーナがいつ倒れるんじゃないかとビクビクされるよりも、ズケズケと思った事を言ってくれた方がいい。愛されているようで嬉しいし。ただ、怒られてるのについ口元が緩んでしまったせいか、説教は延長戦。なかなか終わらない。
「ダイアナ、夜も遅いですしもうその辺で」
「まあオーロフ。本当に、貴方と違って不出来な娘でごめんなさいね」
いつの間にか帰って来ていた兄が助け舟を出してくれた。そうだった。母の方がセリーナと実の親子で、父と兄のオーロフとは血が繋がっていないんだった。母様、「不出来な」は余計だと思うぞ?
「セリーナも。もう遅いから寝なさい」
何だあっさり作戦失敗か? というより舞踏会も終わってダンスの練習も無くなったから、兄と二人きりになるのは難しそう。まあいいか。色仕掛けは明日からまた頑張ってみよう!
書斎を出て二階にある自分の部屋へ向かう。兄は部屋までわざわざ送ってくれた。
別にいいのに。さすがに暗くても自分の部屋は間違えないぞ?
「そんな恰好は感心しないな。当分ダンスの練習はしないから、早めに寝なさい」
『コレットさんのアドバイス VS オーロフ その1
受け答えは「はい、お義兄様」「いいえ、お義兄様」のどちらか。なるべく逆らわないこと』
「はい、お義兄様」
「……リーナ、随分素直だな。そんな恰好でウロウロした上にまだ何か企んでいるのか?」
そう言うと、扉を開けてズカズカと部屋の中まで入ってきた。あれ? コレットさんのアドバイス、却って逆効果な気が。警戒してるよ、この人。
「嫌だなあ……ですわ、お兄様。私が何か企むなどと(棒)」
「何も隠していないようだな。まあいい、ゆっくりお休み」
「お休みなさい、お兄様。あ……」
『コレットさんのアドバイス VS オーロフ その2
「色仕掛け」は抱きつくだけで良い。ベタベタされるのは好まない』
「あ?」
「いいえ、何でもないの。お休みなさい、お義兄様」
そう言って兄に抱きつく。これなら簡単だ。
いつものスキンシップだし。
なのに……。
兄は頭を抱え、ため息を吐いた。
「リーナ、私はどうやらお前の教育を間違えたようだな」
「え? 何で?」
この前までのダンスレッスンの方がもっとくっついてたし。軽くハグする事のどこに間違いがあったというのだろう?
「寝室で男に抱きつく事の意味を、知らないとは言わせない」
そう言うとなぜかそのままがっちりホールドされてしまった。兄の綺麗な顔はいつになく真剣で、金色の瞳も妖しく光っている。
「え? 義兄様、どうしたの?」
胸に手をついて押し返そうとするけれど、意外と力が強いしビクともしない。だって「男」って……。義理とはいえ兄だし。まあその兄に色仕掛けを試そうとした私も私だけど。兄ちゃん、どこでスイッチ入っちゃった?
「ちょーっと待ったー!」
「待たない。お前には『お仕置き』が必要なようだから」
兄は私の両頬を挟むと、おでこにキスを落とした。そのまま瞼にも口づけると、こめかみから頬、口元や首にまで唇をずらしていく。言葉の割には優しい触れ方でくすぐったいし、昼間に聞かされた『ラノベ』のようで恥ずかしい。
「ギブギブ。もうわかったから!」
「そんな恰好と仕草で誘ったお前が悪い……」
誘ってないし! でもあれ?
『色仕掛け』って誘った事になるのかな?
兄の長い髪が肌をくすぐり、掠れた声もめちゃくちゃ色っぽい。……って、感心している場合じゃなかった! 何だかいろいろ触られてるし、もしかして今私、大ピンチ!? 『色仕掛け』をしなくちゃって考えていたけれど、その後の事はなんにも考えていなかった。だって相手は兄だよ? 今までの『お仕置き』って勉強とか馬小屋の掃除が主だったのに、突然何?
「ストーーップ!」
首筋を這う兄の唇。その行動が信じられなくて、思いっきり彼の髪の毛を引っ張った。さすがに痛かったのか、兄の動きが止まった。
「ハァーーーー」
兄は屈んでいた背を起こすと、乱れた髪をかき上げながら大きなため息を吐いた。
「すまない、リーナ。『お仕置き』が行き過ぎたようだ。それと事件以降疲れが溜まっていたんだろう。(順番を)間違えてしまった」
言いながら優しく微笑む兄。
もう先ほどのような真剣な表情はしていない。
私は驚きのあまり自分がポカンと口を開けていた事に気づき、慌てて閉じた。兄が日頃の激務と先日の事件の後処理で疲れていた事は知っている。だからこんな変な行動に出たのだろうとちゃんとわかる。でも、間違えたって、誰と……?
ツキンと胸がうずき寂しい気がした。兄には私よりも大切な人がいる。彼は私が以前のセリーナでは無いと知っているし、何でも根気強く教えてくれた。だからいつかはこの兄の下を離れなければいけないと知りながら、これからも今までのような日が続くのだと思っていた。でも、どうやらそれは私の勘違いだったみたい――
「お兄様がかぼちゃパンツ好きなのは良くわかりましたわ!」
私は笑ってごまかすことしかできない。
義理とはいえ兄だし、他に好きな人がいるのなら『恋愛』の候補からはさっさと外さなくっちゃ。コレットさんには「失敗した」ってちゃんと報告しなくちゃね?
「かぼちゃパンツ? ……ああ、ドロワーズのことか。かぼちゃパンツとは別物だ」
こんな時でも兄は私に教えようとしている。
どうしてだろう。
どうして悲しく思えるのだろう。
これはやっぱり、私の中のセリーナのせい?
「お休み、リーナ……よい夢を」
そう言って出ていく兄の背中を見ながら考える。今夜は私、良い夢なんて見られるのかしら――。




