元ヤン、理解不能
「……そんで?」
「え?」
「で、今の話の何が面白いわけ?」
「いえ、面白いというのではなく『切ない』と言った方が正しいのですが……。主人公のひたむきな愛が伝わるようで、キュンキュンしませんでした?」
「うーわー、全くわかんない。だって、相手が誰だかわかんなくって何をしたのかもわかんないんでしょう? そんでもってセリーナの方も嘆いて勝手に自殺しちゃうし。何が良いんだか、さっぱり」
私がそう言うと、コレットさんはちょっとムッとした顔をした。
「それに、『序章』と言いつつ確実にコレ、最終回だよね? ヒロインがいきなり死んだらダメじゃないのか?」
「もうっっ。そんなわけないでしょう! 結末に近い部分を先に持って行って魅せるっていう手法です。もちろんこの後は、セリーナと攻略者との出逢い編が続きますけど」
「うげ。わかりにくいし面倒くさ」
「『アルロン』の良さがわからないなら結構です。もう話しませんっっ!」
あ、とうとう怒らせちゃった。
話を教えてくれないのは困る。
ヤバイ、何か前向きな感想言わなきゃ。
「あ、でも……」
「でも?」
コレットさんの目がちょっとだけ期待に輝く。
「何かエッチっぽいっていうのだけはわかった……」
呆れたようなバカにするような残念な目で見られた。
私はセリーナ。ただし、現実世界の。さっきからコレットさんが話しているのは『ラノベ』の世界の話。同じセリーナだけどいまいちピンと来ない。
だって、仕方が無い。
恋愛小説なんて読んだこともないのに、冒頭部分を聞かされただけでわかるわけがない。それに、名前も容姿も同じで『この世界はラノベと一緒であなたはヒロイン』って言われても現物を見た事がないから想像がつかない。
いくら誰かを好きになったとしても、自分があんな行動をするとは絶対に思えないし……。
「だって死んじゃうぐらいなら、その誰だかわかんないヤツがいない隙にドア蹴破って逃げれば良くね? それか、そいつが寝ている間に叩きのめす……とか」
「……。今のセリーナ様にお話しようとした私がバカでしたわ」
コレットさんがボソッと呟いた。
何でこんな話をしているのかというと――。
先日の城での舞踏会で、私は突如『ヤンデレ軍団』に囲まれてしまった。みんな何だか突然スイッチが入ったようになっちゃって、激しく迫られたのだ。前に兄、後ろに王太子、両サイドにはグイード様とジュール様がいたから、逃げようにも逃げられなかった。事情を知るコレットさん、騒ぐばかりで助けてくれなかったし……。
で、その状況がどうやらラノベ版の『夜明けの薔薇~赤と青の輪舞曲』略して『アルロン』の表紙の絵にすごく似ているんだそうだ。コレットさんが強硬に主張しているだけなんだけど。
だったら話の中身が最初からわかっていたら覚悟もできるわけで……。それに誰とも恋愛できなくて誰かに殺されるのは嫌だから、こうして彼女に来てもらってうちで勉強会! 『ラノベ』の話をできるだけ教えてもらおうとしているわけ。なのに私は、最初の部分でいきなり挫折。だって聞いてもまったく意味がわかんない。
誰とベタベタしてんのかもわかんないし、その人がヒドい事してるっぽいのに、『愛してる』っておかしいでしょ。何で?
それに……く、唇とか肌とかベ……ベッドだとか日頃聞き慣れない単語が出て来て恥ずかしかったんだけど。平気で話しているコレットさんは大人だ。
「あら? こんなのは序の口ですわ。これから徐々に心惹かれるエピソードが出てきますよ?」
「そ、そーなの? もう最初だけで照れまくりで全力で逃げ出したいんだけど……。最後までたどりつける気がとてもしない」
我が家の図書室の机に突っ伏しながら控えめに言ってみる。
「お話だけで照れてどうなさるんですか。大丈夫、セリーナ様が何もしなくても『アルロン』の殿方は皆様積極的ですから」
積極的って? 怖くてとても聞けない。
まさかいきなり抱き締められたりチューされたり手を握られたりって事は……あれ? 既に結構されている。あ、でもそれは囮だったからだし舞踏会だったから? それよりも、いきなり刺されたり崖から突き落とされたりする方が怖い。『ヤンデレ軍団』、実は怒らせると怖い?
だけど、『ラノベ』の通りなのかというとそうでもないらしく、イケメン達がセリーナを囲んだり、パーティー会場までズルズル引き摺っていくシーンなんかは無かったそうだ。あの後結局、全員と何度も踊ってクタクタになってしまったんだけど、それも書いていなかったみたいだし。もちろんその後の筋肉痛も。
いっつも漫画やアニメを見る度に「主人公って鼻かまないしトイレ行かないよなー」と思っていたけれど、そういう部分は優先的にカットされてしまうようだ。まあ、誰も見たくはないんだろうけど。
舞踏会でも私を相手にするより、みんなもせっかくだったら『見目麗しいご令嬢』達と踊れば良かったのに……。ああ、でもそれじゃあ私が恋愛できないか。あの時はどうにも混乱していて、そんな事はきれいさっぱり忘れてた。自分が上手く踊れないのも。
だからなのか、全員が私に足を踏まれないようにと妙に密着してきた。内緒話でもするように、耳元で何か話そうとするからくすぐったくって仕方が無かった。おかげで「何か言われてたなー」ぐらいしか覚えてないんだけど。
そんだけ接する機会は多かったはずなのに、チャンスを活かせず私は相変わらずの『彼氏いない歴=年齢』ばく進中で……。
「…………すよ?」
「あ、ゴメン。聞いてなかった。今なんて?」
「ですから、ラノベではそろそろ皆様動き出しますよ?」
「へ、何で? いきなり?」
「もちろん、いきなりではありません。いろいろ兆候はあったはずですわ! どなたかに求愛されたり思い当たる節はありませんでしたか? まあこの前のセリフも皆さま素敵でしたけど」
「いんや、全然。この前のって? だって囮として活動するのに忙しくって、『色仕掛け』とか『弱々しく震える』とかって必殺技も使えなかったもん!」
そうだ、だからだ。
頑張れ、まだ望みを捨ててはいけない!
「セリーナ様、威張ってどうするんですか。それにしても必殺技とは?」
「ああ、すごかったよ。コレットさんにも見せてあげたかったな。側室のベルローズ様は色気が半端ないし、ロザリンド様もベニータ様もか弱く震えていたし」
「感心してどうするんですか! それ、本当ならセリーナ様の得意分野ですから」
「ええっ! 弱々しいのは(前のセリーナなら)わからないでもないんだけど。『色仕掛け』ってイメージに合わなくない?」
「ああ、もちろんご本人は気が付いていらっしゃいませんでしたけど、攻略者の皆様それはもうメロメロでしたわ」
「うわー、『ラノベ』のセリーナすっげ~! あ、じゃあ教えといて。その『必殺技』!」
「特撮みたいに言われましても……。まあ覚えているシーンぐらいならいいかしら? ええっとですねー……」
セリーナは、『色仕掛け?』を覚えた。
レベルが1上がった……かもしれない。




