誘拐事件の結末
「それなら……攫われた事自体、無かった事にしてしまえば……」
「リーナ、お前何を言って……」
私の発言を遮ろうとする兄を、グイード様が止める。
「興味深い。続けて?」
「はい。あの……攫われた後『家畜』と呼ばれてはいたものの、実際には豚とか馬の世話などの農場の仕事をさせられていました。お腹が空いて辛かったのと地下牢は冷たくて嫌だったけど、それ以外身の危険は感じなかったような……」
「ほう。それで?」
「なので、お嬢さん達さえ良ければ最初から『農場実習』に行ったということにすれば良いのかな、と」
「ハッ、貴族が『農場』? それこそバカにされるではないか!」
ベニータ様のお父様、リーガロッテ公爵は相変わらずだ。
だよねー。
まあ思いつきで言っただけで適当だったからなぁ。
貴族だとか世間体だとかあんまよく考えてなかったわ。
けれど私の困った様子を見て、何と兄が助け舟を出してくれた。
「……でしたら、『王家からの要望で』ということにしてみればいかがでしょうか? 庶民の暮らしを知るために王太子妃の候補者達が集められ、心を砕く。粗末な環境を厭わずに農場で動物達と触れ合っていた。むしろ美談になるのでは?」
「バカな! 突然いなくなって今まで家族にさえ口をつぐんでいたものを。しかも平民のすべき仕事をして、急に美談だと言われても信じられるものか!」
公爵、なおも食い下がる。
貴族以外は認めないんだな、この人。
けれど王太子が、すかさず言葉を挟む。
「なるほどね? 私の相手となる女性達は、高貴でしかも奥ゆかしい。自分から『今まで善行を施してきた』と、わざわざ口にしないほどに――。でもオーロフ、それを周りにどう知らしめる?」
お、まさかの好感触?
誘拐されてて『純潔』を疑われるよりも、「お妃候補に選ばれて庶民の暮らしを体験してました」っていう方が周りの聞こえは良いもんね!
「……抜き打ちの試験だった事に致しましょう。全員が終了するまで、口外は禁止だと言い含めていた事に――」
もしかして、なんかすごい話になってる?
「ヴァンフリード様のお名前で、被害に遭った女性全員に手紙と謝礼など出してみてはいかがですか? 『心遣いに感謝している。次の舞踏会で会える事を楽しみにしている』とひと言添えれば、社交界に復帰も出来ましょう」
「そうか! 没収した財産を令嬢達の苦痛や期間に応じて分配すればいいんだね? 『賠償金』より『謝礼』の方が確かに聞こえはいいんじゃない」
白い近衛服のジュール様までのってきた。
あともうひと押し?
「それにしても、『農場実習』とは考えた事も無かったな。被害状況が今までよくわからなかったからね。オーロフ、その案を採用しよう。然るべく手配してくれ」
濃紺の上着の王太子が私を見、次いで兄を見ながら言った。
「彼女達が全員無事で良かった。急な試験で家族もおかしいとは思っても、名誉回復の良い機会だ。敢えて口を挟むようなことはしないだろう」
「そうだな。淑女達は皆、精神的苦痛を受けていたとはいえ怪我は無かった。ただ一人を除いては――」
王太子の後に言葉を発したグイード様が私を見る。
いやぁ、それほど大した怪我では。
セリーナの柔肌に傷を付けたのは申し訳なかったけど。でもまあ暴れて仕返しをされたからなので、半分は自分のせいだ。
「誘拐事件を無かったことにするとはいえ……犯人達はやはり死刑が良いですね」
私をチラリと見た兄が低い声で呟いた。
*****
だからといって死刑に――なんて事はもちろん無く、そこは責任者のグイード様の裁量で何とか丸く収めることになった。王太子と兄も書類の作成に携わり、ジュール様と部下の皆様方も後始末に追われてかなり苦労したという。
子爵家は謹慎の上処分保留、計画に関わったベルローズやロザリンドの財産は没収、変態オネエのミーシェの農場も当然取り上げられた。一旦は王太子個人の所有としたけれど、屋敷と土地はいずれ『孤児院』にするつもりなのだと聞かされた。
なるほどね。ベルローズも弟のミーシェも、そもそも身寄りが無くて貧しくて、孤児院で苦労したから今回みたいな事が起こったのかも。農場なら広くて環境も良いし、預けられている子供たちの仕事もたくさんありそうだ。
「セリーナ、君さえ良ければ私達の愛の隠れ家として使ってもいいよ?」
囮の演技が気に入ったのか、ヴァンフリードは未だに私をからかう事をやめない。事件は解決してとっくに囮なんて解消しているのに、変な奴だ。
それに、みんなにもろバレの場所を『隠れ家』って……あなたバカですか? こりゃあ未来の王太子妃になる人も、かなり苦労するだろうなー。
側室の侯爵夫人ベルローズ、子爵令嬢ロザリンド、オネエのミーシェと手下達は、脅されたような島流しや辺境への収監や強制労働にはならなかった。令嬢達と同じ苦しみを味わわせるために城の牢屋には入れられるものの、その後は心を入れ替えるまで無償の労働や福祉活動――『勤労奉仕』に取り組ませるそうだ。
グイード様が私の意見を取り入れて下さったようで、ちょっと嬉しい。
これは私の勘だけど、血の繋がった者同士だ。
一緒にいる事でどんどん親しくなっていくんじゃないのかな?
特にロザリンドは小さな頃に母親と過ごせなかった分、これからベルローズと仲良くなって甘えれば良いと思う。実母であるベルローズの方も、幼い我が子を手放さなくちゃならなかったのは辛かったはずだ。与えたかった愛情と温もりを、今度こそたくさん娘に注いで愛してあげて欲しい。
だって本物の親子なんだもん! これからいくらでも分かり合えるチャンスはあるはず。オネエのミーシェに関しては……まあ、看守の中に好みのタイプがいれば良いね!
今後、彼らは『勤労奉仕』で世の役に立つ仕事をしていくのだろう。充実した時間を過ごせると思う。だって、誰かに必要とされたり『あなたがいてくれて良かった』と言われたりする事は、本当はとても大切な事だから――。
まあ私の場合、ケンカの後によく言われてたけど。
「この部屋での話は内密にお願いします。もし漏れた場合、例え誰のせいであっても全ての調査結果を公表しますから」
兄は最後に全員に釘を刺した。
そのせいかリーガロッテ公爵家もボーモン子爵家も、その後特に騒ぎ立てるような事はしなかった。
幸か不幸かベニータ様だけが攫われることも無く、例の『農場実習』にも参加はしていなかった。けれど彼女は自ら「声を掛けられましたがちょうど病に倒れておりまして……」と周りに広めまくっていた。
つ、強い。王太子妃、諦めていなかったんだ。
さすがはゲーム版のヒロイン候補だ!
ああそうそう、一番大事な事を忘れていた。
被害にあったご令嬢達の名誉も当然回復された。
あの日、適当に言った私の言葉を元にして――かどうかはわからないけれど、王太子と兄があの後も話し合い、王家であるアルバローザの名前で正式な礼状と謝礼を出した。そのせいか、ほとんどのご令嬢が社交界に復帰できたし、陰口を叩かれることも無くなった。
約束通りヴァンフリードは、舞踏会に来た令嬢一人一人と優しくいたわるような言葉を交わしながら丁寧に踊っていた。もちろん王太子だけでなく、無類の女好き……王弟のグイード様まで『見目麗しい令嬢達』を口説いて回っていたから、彼女達も久々の社交界でとても楽しそうだった。
元々が容姿たんれーで仕草も愛らしかったから、彼女達の笑い声が聞こえると城の舞踏場は一層華やいだ。時々……悲しそうな目をすることがあっても、そこはジュール様やお兄様が話しかけたり飲み物を運んであげたりして、楽しく過ごせるように気を遣っていたようだ。
そんな彼女達を周りのお嬢様方は、羨望の眼差しで見ていた。まあ、あれだけイケメンにチヤホヤされていたらね。みんな家柄は良いし物腰は柔らかだし、見てくれだけは良いから……。
あ、もしかして未来の王太子妃は、ベニータ様じゃなくって『見目麗しいご令嬢』達の中から出るのかもしれない! 兄様の結婚相手も!
こうしちゃいられない。
私も自分の『恋愛』を頑張って、殺されないようにしなくっちゃ。
でも、その前に――。




