本当の黒幕
「もう、もういいの……」
ロザリンド様が叫んだ。
部屋中が静まり返る。
「――私、知っていたわ。だって、お義父様が話して下さったもの」
ベルローズ様がロザリンド様を見る。
「私は家族の誰にも似ていなかったんですもの。不安に思うのは当然でしょ? それに……お義父様も優しいから私の頼みなら大抵聞いて下さるわ」
あなたも甘やかされていましたか。
ええ、私もです。ただし義兄以外に。
「お母様がいろんな所に招いて下さったから、私は幸せだった。子爵家とはいえ『侯爵に縁のある』と付け加える事ができたから、嫌な思いもしなかった。大好きな王太子様を近くで見ることができたし、お話もできた。他のご令嬢達といろんな噂話をするのは、とても楽しかった」
そうかぁ?
あんなどうでもいい話、私は退屈だったけど。
あ、いけない。つい本音が。
「お母様が手を回して下さったから、私はヴァンフリード様にも近付けた。お城の舞踏会で一緒に踊ることもできて、夢のような時間を過ごせた。でも……」
「どうしたの、ロザリンド。何か嫌な事をされたの? もしかして、この女のせい?」
紅薔薇のベルローズ様にビシッと扇で差された。
ふわ、何で私?
ロザリンド様は黙って首を振る。
「でも王太子様の心は私には無かった。彼の心はもうとっくに別の女性のもの。それぐらい私にだってわかるわ。それでも良かった。近くにいてお姿を見られれば、それだけで幸せだったの……」
うう、何て健気な良い子なの!
それにしてもすごいな王太子。
相変わらず愛されてんな。
でも、彼の心を掴んだ女性って誰だろ?
囮をしてたのに、私は全くわからなかった。
「なのに……。さっき読まれたリストの中に、攫われた令嬢達の中に私の友達の名前があったの。お母様、叔父様、いったいなんて事をしてくれたの! シャルロッテは良い子で、私の初めてのお友達だったのに――」
ん? シャルロッテちゃん?
確かに、すっごく良い子だった!
朝食の時に起こしてくれたし。
その発言にさすがに堪えたのか、ベルローズ様もオネエで弟のミーシェも青ざめて下を向く。ロザリンド様もさっき笑ってしまったことを後悔しているのだろう。母親と同じ顔が辛そうに歪み、赤い唇をかみしめて震えている。
まさか自分の実の母親が、自分のためにしでかした事とは知らなかったよね? 友人まで巻き込まれたと知って相当ショックだったんだろう。
ロザリンド様、可哀想だ……。
せっかく親子の名乗りを上げたのに、母親は犯罪者。
愛する人は別の女性のもの。
大好きな親友も被害者で、実の叔父にいじめられていた。
気づけば私はダバーッと豪快に涙を流していた。
横からルチアちゃんが手巾を差し出してくれる。
ご、ごめん。鼻はかまないようにするから。
「……ああ、シャルロッテ嬢なら元気そうだったよ。とても気丈な娘で、助かって良かったと笑っていた。私が家まで無事に送り届けたから、心配はいらない」
グイード様ー! 大人だー。
やっぱりわかっていらっしゃる。
あの中で一番優しくて可愛い子を直接送り届けているとはさすがだ。
「ロザリンド、私を好きだと言ってくれてありがとう。でもごめんね? 君の言うように私にはもう手放せない女性がいるんだ」
うわ~~、王太子、モテ男の魅力全快ー!
フっているのになぜだか潔く聞こえる~。
それより手放せない女性って誰?
私の知ってる人かしら?
「気に病まなくて良い。お前は何も悪くないのだから……」
隣の子爵が初めて口を開いた。
母親と同じ彼女の金色の髪を撫でて慰めている。
実に感動的な光景だ!
ロザリンド様、今のご両親に愛されていて良かったね!
そう思って子爵の胸に顔を伏せて泣く彼女を凝視する。
……ありゃ?
でも今この子、ニヤッとしなかった?
「話は以上ですか? 先に進めますが……」
こんな時なのに兄は冷静だ。
ちょっと冷たくないかい?
それとも何、まだ続きがあるの?
「……黒幕が紅薔薇――側室のベルローズ様だとしても、実行犯を会場内に手引きした人物は他にいると思われます。側室は自由に動き回れませんから。実際に令嬢達が攫われた時の出席者のリストを検証した結果、面白い事がわかりました」
「僕も任務で時々参加していたけどね? でも確かに、言われてみればその通りだったよ。どの舞踏会にも必ず参加している人がいた。しかも攫われた令嬢の『お友達』として」
へ? それってまさか――。
ようやく気が付き息を呑む。
ベニータ様も公爵様もルチアちゃんまでビックリしている。
でも私、攫われた時は一人だったよ?
まあそれまでは、みんなにガッチリガードされていたんだけど……。
「ロザリンド――君だよね?」
王太子が確信をもって言い放つ。
青い瞳が珍しく怒りで煌めいている。
さっきかけた優しい言葉は何だったんだろう。
っていうよりロザリンド様は元々お母様と協力してたって事? なら、さっきのお涙頂戴の話は何? みんなの前で母親のベルローズと叔父のミーシェを責めていたのは何だったの?
顔を上げたロザリンドが悔しそうに唇を噛んでいる。
さっきまでの健気な様子はどこにも無い。
うーわー、ドロッドロ。
こんなに腹黒い子だったの?
「本当に、私を好きだと言ってくれてありがとう。君のように肉親や友達を売っても平気な子に見初められるとは、私もなかなかのものだね?」
王太子が腹黒さ全開でニヤリと笑う。
「ヴァンフリード様、認めます! すべては私が画策致しました。ロザリンドは……この子は私に付き合わされただけで、何も悪くはありません!」
ベルローズ様が必死に言う。
なぜだろう? 彼女の方がまともに見えてきた。
「ロザリンド、セリーナが攫われた後もそこの子爵と二人で笑っていたよね? ごめんね、私は君を許せそうには無いから……」
何だと! まあ別に良いけど。
ええっと。
じゃあ結局、誘拐の黒幕は側室のベルローズ様で弟でオネエのミーシェと、娘のロザリンドが協力してたって事で良いのかな? そんでもって動機は自分の娘のロザリンドを王太子妃にするためで……。でもロザリンドの方は自分の身が危なくなると知った途端、あっさり裏切って母と叔父を非難した、と。
「ひどい! あなたのせいでわたくし先ほど責められましたのよ! おお怖い。こんな恐ろしい方々は厳しく罰していただかないと」
よよよ、と泣き崩れるベニータ様。
だよねー、辛かったよねー。
上品だしおとなしいから、余計に怖かったよね。
「あら? でもベニータもさっき、お姉様がこの場にいないと知ると喜んでいたじゃない」
まさかのルチアちゃん参戦!
何だって!
私、どんだけみんなに嫌われているんだ?
「ああそうそう。ベニータ嬢の周りからも面白い証言が出てきた。普段の君は……何というか公爵令嬢だとはとても思えないね? 公にされたく無かったらこの場は口を慎んだ方が良い」
そんな!
王太子ったら自分の婚約者候補になんて事を!
ほら、可哀想なベニータ様は余計に泣き崩れて……いないな。見ればこちらも怖い目をして手を握り締めて震えている。
いったい何なんだ、この人たち。
もしかして全員アカデミー賞ばりの女優なのか?
「ロザリンド、あなたにかけられた嫌疑の証拠も揃っています。どうしますか? 認めないのであれば、『ご友人』一人一人にご足労いただいて直接お話をしていただきますが……」
兄の瞳は冷たいまま。
私を助けに来てくれたのに、どこに調査資料をまとめる時間があった? 優秀な兄、恐るべし。今後はなるべく逆らわないようにしよう。
「……もう、うるっさいわね! 母親に捨てられた私が、母を利用しようとして何が悪いの? 王太子様も優しい顔をしてとんだ食わせ者ね!」
「――違う、捨てていない! 私はただ、あなたに幸せになって欲しくて……」
必死に訴えるベルローズ様。
対して娘であるロザリンド様の顔は憎々しげに歪んでいる。
「はあ? そんなの後からなら何とでも言えるわよ。あなたは私が邪魔だったのよ。自分が良い暮らしをするために……。私を王太子妃にしたかったのも、自分が国王に相手にされなくなってきたからでしょっ! とてもじゃないけど、若い娘には敵わない――」
「黙らっしゃい!」
やべ。私、またキレてしまった。




