紅薔薇様
それは、真っ赤なドレスを来た側室のベルローズ様だった――。
「やはりあなたか……ベルローズ」
王太子の冷たい声が飛ぶ。
え、やはりって?
もしかして最初からわかってたとか?
『何でこの人ここにいるの』って思っていたのは私だけ?
「何の事かしら。つい足下を見てしまっただけでしょう? 犯人の紅薔薇は私より、そちらのお嬢ちゃんの方が似合うのではなくって?」
銀座のママ改め側室の『ベルローズ様』が嫣然と微笑む。その場で立ち上がると、自分の持っていた扇でベニータ様を指し示す。ちなみにベルローズ様の髪は金色で目が赤、ドレスも赤で豊満なバストを惜しげもなくご披露されている。
「そんな! 私じゃないわ!」
ベニータ様が必死に叫ぶ。
そーだそーだ!
ヒロインだったかもしれないベニータ様がそんな事をするもんか!
いや、最初は私も疑っちゃってたけどさ。
でも実は、コレットさんから聞いたベニータ様の通り名は『ラズオルの赤薔薇』。決して『紅薔薇』では無い。だってもしそうなら、昔私も『紅薔薇』って呼ばれていたからちゃんと記憶に残っているはず。でもその時あれ? って思った覚えは無い。
それに、ベニータ様が犯人なら「わざわざわかりやすい証拠をたくさん残すはずが無い」って、大好きなテレビアニメのちびっ子探偵ならきっとそう言うと思う。
それにミーシェの屋敷……正確には馬小屋にいる時、わざと「懇ろ」という難しい言葉を使ってみたけれど、彼(彼女?)は不思議そうな顔をしただけだった。それってベニータ様からは何も聞かされていないって事だよね?
『紅薔薇』の名に反応したのは彼女だけ。
だってそれは――。
「おや? 私は『紅薔薇』が犯人だとは、一言も言っていないはずですが……」
兄様が冷たく言い切る。
ベルローズ様改め『紅薔薇様』が、キッとミーシェを見る。
今度はさすがに、オネエも動揺している。
必死に首を振って否定している。
「ミーシェは仲間のあなたを庇って何も言ってないわ! さっきは私が勝手にそう呼んだだけですもの。まあ『紅薔薇様』が仲間だとは、攫われている時に聞かされていたけれど……」
一応証言しておこう。何たって、食べ物の恨みは深いのだ。
「勝手な事を! 顔と身体だけの小娘が陛下の寵愛を得る私になんて嘘を!!」
ベルローズ様、今度は私を罵倒し始めた。
それにしても何で身体?
セリーナの顔が可愛いのはまあわかるけど。
あ――。
そう言われれば初めて登城した時、『懇ろ発言』の前に王太子の私室っぽい所に寄らされたんだったっけ。もしそれを誰かに見られていて話されたのだとしたら? 王太子と私がそういう関係だと勘違いされていたのだとしたら?
王太子、結局お前のせいなんかい!
例え最初から囮を印象付けるためとはいえ、飛ばし過ぎだろ!
「ベルローズ、私の大切な人にそれは聞き捨てならないね?」
って王太子、囮の演技まだ続けてるし。
ほら、ベニータ親子まで勘違いして青ざめてるよ?
「そんな! ヴァンフリード様はこの小娘の嘘に惑わされているだけですわ。だって、ロザリンドの方がよっぽど可愛らしくて気立ても良いもの……」
紅薔薇様は椅子によろめくように座り直すと、口元に色っぽく扇を当ててくねくねした。さすがだ! 年期の入った本物の演技はこうでないといけないのか。今度ちょっとその色気を真似してみようかな。え? 無理?
それにしてもロザリンドって……ああ、この前の『夜会』で私がチラッと話したご令嬢のことね? だんだん思い出してきた。確か侯爵家にゆかりのある子爵のご令嬢だとか何だとか。その時優しくしてくれたし、綺麗な顔で着ているものも高そう。でも何だか顔立ちが紅薔薇……ベルローズ様に似ている?
「発言を許した覚えはないが? オーロフ、ジュール、調査結果の報告を」
「はい。その前にわざと疑うような態度を取ってしまった事を謝らせて下さい。公爵様、ベニータ様、大変申し訳ありませんでした」
うわ! あの兄が頭を下げている。
それなら私も。ついでに乗っかっちゃえ。
一緒になって頭を下げた。
これでもう、逮捕は免れた……かな?
「何だと! そんな事で私と娘の気が済むとでも思っているのか!」
ですよねー。そりゃあ公爵様怒るよね。
大事な娘と一緒になって犯人じゃないかと責められたんだもん。
「公爵、許してやってくれないか? 全て私の指示だ。それに調査の結果面白い事がわかった。あなた方のしてきた事も真っ白だとはいえまい。今すぐ表面化し、この場で糾弾する事もできるがどうする?」
長い脚を組み換えて淡々と話す王太子。
ありゃ、相変わらずの腹黒ですか。
謝っているのに脅すっておかしくないかい?
「ま……まあ、私も心の狭い男では無いので……」
公爵ったらあっさり許すんかーい!
まあ、そっちの方が個人的には助かるんだけど。
「ありがとうございます。では、報告を――」
兄とジュール様の語った内容は大体こんな感じ。
ちなみに実際に調べたのは部下達らしいんだけど。
国王の側室だったけど、王様よりも王太子の方が実権を握っていて影響力があると知った紅薔薇様。側室になる前に生んだ実の子のロザリンドを王太子と婚約させるべく頑張った。ヴァンフリードが心惹かれないよう他の『見目麗しいご令嬢』達を片っ端から攫わせて、ミーシェの農場に置き去りにしていく。そこで酷い扱いをさせ、彼女達の『純潔』を疑わせ社交界にいられないようにした。
ルチアちゃんを攫おうとしたのは、目障りだったから。王太子の傍にいて女性が近付くのを嫌がっていたから、囮なんかにならなくても最初から攫う予定だったらしい。
最大のライバルである公爵家のベニータ様はわざと残したようだ。だって疑われた時、全ての罪をなすりつける事ができるから。それに、さすがに公爵家のご令嬢は護衛の数が多くて近づけない。攫おうとしても無理だった。でもまあ自分に似ているロザリンドが見初められるのも時間の問題……そう思って安心していたところに登場してしまったのが私、セリーナ。
国王の寵愛を受けていたから、城内は自由に動ける。女官や護衛達から私に関する情報収集もしていたみたい。王太子と二人きりで部屋に入る所も当然目撃されていた。
コネをフル活用すればどんな夜会でも舞踏会でも手下を潜り込ませる事ができる。だから早速、誘拐する事にした。
で、攫った後はいつものように弟のミーシェに任せた。
元々女性に興味が無く、いずれ「王太子と仲良くなれる」と言うとのってきた弟。実の兄妹で辛い時期を過ごしてきた同志でもあるので、裏切られる心配も無い。何より平民出身の二人は、『綺麗な貴族のご令嬢』が大嫌い。
「以上、間違いありませんね? ここに出生証明書と孤児院での記録、養子縁組の書類もあります。集めた証言も全てまとめてあります。ベルローズ、自分が苦労をしてきたのに実の娘も養子に出して、同じ苦労をさせたんですか?」
兄が追及する。兄はああ見えて意外と子供好きだから。
「……だもの」
「何?」
「親に捨てられた者や平民は、こうするしか他に手が無いんだもの! 何がいけないの? のし上がって何が悪いの? たまたま貴族に引き取られたのは私のせいじゃ無い。手を出されてロザリンドを生んだのも」
ロザリンドと言われたお嬢さんが息を呑む。
もしかして、知らなかったの?
「苦労をさせない為に養子に出したのよ? 私は養子と言う名の妾だったから。ちゃんと調べたわ。子爵だったけどバレない所にしたの。その後私が国王にまで見初められるとは思わなかったけれど……。私の姪という事にして城にも招いた。今まで何もできなかったんだもの、最高の伴侶を娘に望んで何が悪いの!!」
悪くはない、と思う。
もしも他人を傷つけたので無ければ。
でも、彼女の指示で攫われて傷ついた罪の無い令嬢達がいっぱいいるんだ。『自分の子供さえ良ければそれで良い』というのは、転生前に私の妹をいじめていた同級生の親達の言い分にそっくり!
「あんた、何言……」
「お母様、もう止めてっ!!」
――それは、どんな言葉よりも効果があった。




