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人間っていいな

「ほら、着いたぞリーナ。いい子だから起きなさい」


 うーん、ちょっと待って! 

 目の前のフライドチキンとポテトのLサイズ食べ終わってからで。


「リーナ、お前はそんなに私と離れたくないのか?」


 ナゲットもセットで――。

 この甘い声は誰だろう?

 

「……起きないとこのまま『お仕置き』だが?」


 急に冷たくなった声にパチっと目が覚めた。

 うわっ、ここどこ?

 キョロキョロして慌てて動こうとしたせいで、バランスを崩してぐらっとなる。誰かが私の腰をガシッと掴んで支えてくれた。


「慌てないで大丈夫だから。お帰り、セリーナ」


 今度は横から別の声が聞こえる。




 今の状況はというと――。

 私はまだ馬に乗ったままで、今ようやく城に着いたところらしい。

 ここはたぶん、お城の正面玄関。落っこちそうになった私の腰を支えてくれているのはお兄様。手を差し出して降ろそうとしてくれているのは、なんと王太子! 夜になって灯された照明で、銀色の髪が輝いて金色に見える。でもこんな所まで。わざわざどーした。もしかしてこいつ、実は暇なのか?


 ためらいがちに肩に手を置くと、馬の背からフワッと降ろされた。ヴァンフリード、意外に腕の力があるな?


「セリーナ、羽のように軽いね」


 そう言って、そのままピッタリくっつくと私の顔を覗き込んで嬉しそうに笑った。

 嘘つけ、そんなわけあるかい! 羽をバカにするなよ?

 まあでも「重っ!」って言われるよりかはマシか。

 女性に体重と年齢の話はダメだから……。


 馬の背中は結構揺れたはずなのに、兄のおかげでぐっすり眠れた。こうしてツッコミができるくらいには回復した。長時間同じ姿勢で腰が痛い気もするけれど、食べたし寝たしで休養出来てとってもラッキーだった。


「お帰り、セリーナ。君が無事で良かった……」


 少し掠れた甘い声で言いながら強く抱き締めてくるから、苦しくってしょうがない。髪に何度も頬ずりするって大げさな! こっちの人って何でいっつも表現がオーバーなんだろ?


「ヴァンフリード様、もうその辺で。それ以上は認めません」


 後方からどす黒いオーラが。

 振り向けば、いつの間にか馬を降りたお兄様が係に手綱を渡しながら冷たい金色の目で私達を見ている。嫌だな、兄様。まだ囮の演技が抜けていないだけなんだってば、たぶん。

 でもまあこんなに目立つ所で王太子とハグしているなんてわかったら、大スキャンダルだ! 囮役はもう終わりのはずなのに、演技過剰男のせいで私が誰とも恋愛できなくなる。ただでさえ舞踏会というチャンスを棒にふっているのだ。早く放してくれなきゃ困る!


 グググと力を込めて突っぱると、意外にもあっさり放してくれた。


「そうか。疲れているのにごめんね? セリーナ。悪いんだけど、あともう少しだけ私達に付き合って? ああ、でもその前に着替えを。女官に案内してもらうと良い」


 私が着ていた外套の前を合わせながら、王太子が言う。ええーっと囮契約解除するのに手続きがいるってことかな? さっき借りたマントもグイード様にお返ししなくちゃいけないから、まあ良いか。


 今何時だろ? もう夜なのに案内された部屋の中は明るい。

 さすがに肌も服も汗や藁にまみれてボロボロだったから、ためらいがちに入浴を申し出てみた。すると、既に用意してあるとのこと。さすが城の女官はひと味違う。

 何だか高そうな石鹸と香油をふんだんに使われ洗われて、背中の傷の手当てまでしてもらった。誰のかわからないけれど、なぜかピッタリな衣装を着てさっぱりする事もできた。あ、今回はさすがに『コルセット』はご遠慮したけど。

 部屋に軽食が置いてあったのもかなりポイントが高かった。ああ、満足。美味しいごはんにポカポカお風呂、あったかい布団……はないけど、やっぱり人間っていいな。

 カップケーキを頬張りながらお礼を言うと「大事にされていらっしゃいますものね」と笑顔で言われてしまった。……って、いったい誰に?




 まあそんなわけですっかり上機嫌になった私は、みんなが待っているという部屋に案内されてやって来た。そこに集められていた人たちを見て、ようやくわかった。

 ああ、そうか。これから誘拐犯の答え合わせをするんだね?


 少し大きめの部屋の中にいたのは、王太子のヴァンフリード様、グイード様、ジュール様と兄のオーロフ。あとはベニータ様と『夜会』の時に少しだけ話したご令嬢とそれぞれの親だと思われるお二方。先に護送されたミーシェと手下の三人は縄でぐるぐる巻きにされたままだ。それと赤いドレスの女性は……もしかして銀座のママ軍団(側室)の一人だったかしら? 私に向かって微笑むのは、可愛いルチアちゃん。私も入れると15名で、かなりの大人数。

 

 飛竜で先に帰ったお嬢様方は早速家に帰したそうだ。帰ってご家族から質問攻めにあっていないといいんだけどな。


「さて、では証人も来たことだし確認しようか?」


 王太子のよく通る声が部屋に響く。

 みんなが思い思いの姿勢でソファや椅子に腰かけているから、私もルチアちゃんの隣に腰を下ろす事にした。


「まず、ご令嬢方の監禁についてだが、お前たちで間違いは無いな?」


 手に書類を持った事務的な兄の声が飛ぶ。


「ふんっ、自分の土地で拾ったものをどうしようとあたしの勝手でしょ!」


 オネエは相変わらず懲りていないようだ。

 案の定グイード様にギンッと睨まれている。

 あ……赤くなった。もしかして好みのタイプとか?


「令嬢への非道な扱いについての証言は受けている。『家畜』扱いされたとの声もあったが具体的には?」


「そんなのあたしが言うわけないでしょ。あんたバカじゃないの?」


 オネエの言葉を聞いて兄の瞳が一瞬イラっと燃え上がる。次いでもの言いたげに私の方を向いた。証言を促されているのかな。まあ、そうだよね? ここには当事者、私しかいないんだし。


「……辛かったら無理して語らなくて良い。次に回しても良いんだ」


 もう王太子ったら、そんな事したら長引くでしょ? 囮契約解消できないじゃない。


「いいえ、大丈夫です。私は少しの間だけでしたが、受けた扱いと言うのは……」




 せっかくなので包み隠さずブタ鼻のことまで明かしてやった。もちろん、地下牢と食糧難については特に時間をかけて話した。でもみんなが息を呑んだのは、ブタ小屋と馬小屋の方だった。


「まあぁ、お可哀想に。貴族のご令嬢としての矜持(きょうじ)が丸潰れですわね?」


 銀座のママ……(に失礼だ)側室様がなぜか嬉しそうに大声で言う。それにつられたのか、名前を忘れた令嬢とベニータ様やその保護者までもがクスクス笑っている。しまった、正直に話し過ぎてマズったか? でもそこ、絶対に笑う所じゃないだろ!


 見れば王太子のヴァンフリードも王女のルチアちゃんもショックを受けたような顔をしている。兄は相変わらずの無表情だけど、ジュール様の目はキラリと光ったし、グイード様は怒ったような顔をしている。どう見てもこっちの方が正しい反応だと思うんだけどな。


「日頃お高く留まっているご令嬢達には、良いクスリになったのではないかな?」


 保護者の一人が偉そうに自分の考えを言う。

 でもそれ、絶対に間違っている!

 いかん、やっぱり我慢ができない!!


「そうですか……なら、あなたが経験してみれば? もしくはあなたの大事なお嬢さんが同じ目に遭わされたら? それでも同じことが言えるなら、あんた相当な悪人だね」


「なっっ。何だ、この無礼な小娘は!」


 案の定激怒されてしまった。

 日ごろ口答えされた事が無いのか、ワナワナと震えている。


「無礼はどちらでしょうか? 公爵、私はあなたに発言を許した覚えはありませんが。ベルローズ、君にも」


 王太子のひと言でその場がシンと静まり返った。

 そうか、側室様はベルローズというのか。何だかピッタリなお名前。


「ヴァンフリード様、これはその、決してあなた様の愛妾(あいしょう)(おとし)めようとしたわけでは無く……」


『あいしょー』? 

聞いた事があるような気もするけれど何だったっけ。

『紋章』みたいなものかな? 

……関係無いから、ま、いっか。

 なのに兄は違ったみたい。


「リーガロッテ公、訂正して下さい。ヴァンフリード様に愛妾などいらっしゃいません」


「そうなのか? でも、私が聞いた話では……」


 公爵とやらが隣のベニータ様を見る。

 ベニータ様はベニータ様で、私の顔を見ていた。


 何で?


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